Crimson Moon
人だかり?
朝、開店時間前に『クラン=G』を訪れた
鷹取 洋二は足を止めた。店の周辺に人垣ができている。
また何かプレミアものの商品の発売日で行列ができているのかと思った。ちかぢか経営者が交代して全国展開も視野に入れているこの店だ。いずれそういう光景も茶飯事になるのだろう。何年も前からの常連としては、一抹のさびしさも感じないではない。
だがどうやらそうではないらしい。人が集まっているのは正面ではなく裏手、従業員口のほうだったから。
小走りで近づくとまさしくその従業員口のところで、店の看板娘
三佐倉 千絵が警察らしき男性から事情を聞かれている様子だった。男性は私服だが警察らしいとすぐわかったのは、周囲に数人警官が立ち、三角コーンと黄色いテープで即席の進入禁止ゾーンが形成されていたからだ。
あの刑事? イケメンだねぇ、ドラマみたいだ。
のんきなことを考えていると事情聴取は終わったようで、解放された様子の千絵が洋二に気づいた。
「あ、鷹取さん。おはようございます」
「やあ店長代理、おはようだよ」
「『店長代理』なのももうあとわずかですけどね」
「ちがいない。ところで今朝はどうかしたのかい? まだ開けないの?」
「ごめんなさい。今日はお店、臨時休業になりそうです」千絵はしょげかえった様子だ。「泥棒が入ったので」
「泥棒?」
千絵の視線にうながされ、視線を移した洋二はぎょっとした。裏口のドアノブがねじ切られているのだ。無理にこじ開けたとしか言いようがなかった。ピッキングだのバイパス開錠だのといったちゃちな手段じゃない。堂々たる不正侵入だ。
「大変じゃないか!」
「店の売り上げが入った金庫はまったく手つかずだったんですけどね。盗まれたものも、なにもなくて」
「そうかそれは不幸中の幸いだよ」
文字通り胸をなで下ろす洋二である。しかし千絵の表情は浮かない。
「でも例外があって」
「盗まれたものが?」
「私のパスポートです。渡航の手続き書類、家じゃなくて店で書いてたから。バックヤードの机の引き出しにしまっていて」
「引き出しに鍵は?」
千絵は首をふった。
店には警報装置が設置されている。強引にドアが破られたとき通報がいったが、すでに侵入者は消えていた。行動が電光石火だったのだ。金庫や在庫商品ではなくまっすぐに千絵の机に向かい引き出しを破るようにして開けて、千絵のパスポートだけを取り出した様子である。
「他人のパスポートなんて盗んでどうなるんだよ」
「わかりません。だけど」
千絵はため息をついた。
「日本を発つ日に間に合うでしょうか……再発行」
† † †
あーつまんね。
雨梨栖 芹香(あまりす せりか)はご機嫌ななめなのである。ローストした苦虫を噛み噛みしたような顔をしてローファーでぽくぽくと歩いていた。
真夜中、健全な女子高生が散歩するには不適当な時間だが、あいにくと芹香は健全ではない。
腹が立つ。
バイクの免停がようやく解けて、さあ走るぞ遊ぶぞとうずうずしているのに。
パンTのヤロー(※芹香の悪友にして宿敵
吉住 志桜里のこと)はこのごろ付き合い悪いしよう。
夜遊びに誘っても空振りばかり。卒業の準備がどーとか音楽活動かどーとか、芹香にはよくわからないがいちいち理由があって、このところ志桜里とはタイミングが合わないことだけは事実だ。彼女の双子の妹(?)
吉住 獅百合も同様である。
それでナンだ、詠のバカに至っては――カーッ!
頭に血流が集まる。モヤモヤした気持ちを言語化できない。「いやその日はちょっと……」などとなにやらモジモジする
詠 寛美の首を締め上げて白状させたところ、ツレができたとか白状したのだ。要はカレシだ交際相手だ。もっとストレートに言うなら恋人だ。くすぐり攻撃をかましてそのツレ(
市橋 誉)の写真を寛美から引き出してみれば、ため息が漏れそうなほどのイケメンだったことも無性にムカつくところだった。
詠の色ボケが。オトコに憂き身を抜かしてんじゃねーよ!!
……『憂き身』ではなく『うつつ』が正しいわけだが芹香は知らない。
刻みピーマンとゴーヤを生半可に炒めたものをバジルソースで味付け、うんと濃い青汁を添えた定食をいただいているがごとく芹香の口元にはシワが寄っている。
自宅兼バイク修理工場までたどり着いたところで、芹香は異変に気がついた。
「あン?」
シャッターが開いているのだ。灯りも漏れていた。
親父が徹夜作業? いや早起きか? んなハズねーよな。
ドロボー? でなきゃパンTのドッキリ?
ちげーだろ。
黒く冷たい沼にひたひたと、胸のあたりまでつかっているような感覚。腕や首のうぶ毛が逆立っていく。
芹香は唾を飲みこんだ。
本能が告げていた。これ以上進むな、ガレージの中に入るな、と。
視線をあげれば真紅の月があった。光の加減か錯覚か、血のように赤い。
知るかよ。
芹香はガレージに入る。そして黒いものと相対した。
「おい」
声に力を込めた。
ぬっと振り返ったのは意外にも小柄な姿、しかも女だ。中学生くらいか。スカジャンを着ている。髪をリボンで束ねていた。
けれど芹香は安堵も油断もしない。むしろ唇を噛んで悲鳴をこらえた。
――怪物(バケモン)。
とっさに浮かんだ言葉だ。猛獣を目の前にしている気分だった。虎か豹かあるいは、もっと得体の知れない何かか。
なんだよ、こいつ。
少女はやや猫背だった。全身に暗い影がさしているが目ばかり紅く光っている。口は、裂けそうな笑みだった。
「バーナー。ガスバーナー」
芋煮 紅美、あるいは『紅子(べにこ)』は夢見るような笑みを浮かべて言った。
「あるでしょ? ここ、工場だから。かしてよ」左手につかんでいるものを見せる。「これ、もやさなきゃ」
燃やすだ? 手帳? じゃねーな、パスポートか。
実物は手にしたことがないが芹香も知っていた。怪物が手にしているのはたしかに日本のパスポートだ。
燃やしたきゃライターでも買って燃やしゃいいだろ、ってかなんでガスバーナーなんだよ、と言いたい気持ちはあった。
つーかそもそもなんでパスポート焼くんだよ意味わかんねとも言いたかった。
だがそれ以前に、
「ここは私ん家(ち)だ出てけ!」
とっさに芹香の口をついたのはこの言葉だった。
ここで逃げたら私ン負けだ。
拳を握って半歩踏み出す。紅い月明かりの下に。
すると怪物の目が細まった。「あれ?」と言う。
「緑の、かみ」芹香の頭を指で指す。「そのかみの色? ひょっとしておねえさん、風の精?」
実際芹香の髪色は、ライムグリーンともいうべき蛍光色を帯びた緑だ。
カゼのセイ? 風のしわざってことか風邪ひいてんのかってことか。意味わかんねアゲインだ。
このとき『こいつは染めてんだよバカ!』とでも言っておけば、芹香の運命は変わったかもしれない。少なくとももっと、ずっとましなほうに。
しかし芹香が口走ったのはこの言葉だ。
「だったらどした!」
紅子は右手に、血で染まったアイスピックを握り直した。
† † †
芹香は晴月のことを知らない。
風の精 晴月はいま、高いビルの屋上、さらにその上に組み上がった櫓(やぐら)の鉄骨の上に立っている。
真紅の月を見つめている。
ここまで読んで下さりありがとうございました! 恒例かもしれませんがガイドが長くて申し訳ありません(読まなくても大丈夫です)。マスターの桂木京介です。
吉住 志桜里さん、吉住 獅百合さん、市橋 誉さん、名前を使わせていただきました。ありがとうございました。ご参加の際は、シナリオガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
お待ち申し上げております。
概要
その日は三月。やけに月が紅く、胸騒ぎを感じる夜でした。
空気はやけに暖かく、すっかり春の様相です。
真紅の月の夜から翌日、あるいは前後三日ほどを舞台にしたシナリオにしたいと思います。
アクションのヒント
私のシナリオはたいていそうなのですが、主題やガイドはあなたがアクションを考えるきっかけ程度にお考えください。
ミステリアスだったりゴシックだったりするお話を想定しているものの、それ以外でもまったく問題ありません。
時間帯も夜間に限定はしていませんので、オール時間帯で対応します。
・夜のデートなんてはじめて。紅い月を見に行こうと彼が言うので助手席に乗った。でも彼の口元に牙が見えた……!?
・今日こそ彼女に告白しようと、紅い月のもとでメッセージを打っていたらスマホの画面に映り込む自分がひどく怖い顔をしている(紅い逆光なのでなおさらだ!)と気づき、リラックスすべく月見スーパー銭湯を楽しむことに変更したぜ。(そしてまた告白が遠のいたぜ)
・月ではウサギさんがお餅をついてるんだよと教えたら、娘が「お餅つき! やりたい!」と言い出したのでした。季節外れな餅つき大会がはじまります。
・巨大玩具店で海外製の月プラモデルを発見。高い……だがほしい……。
・やっぱり月見そばですね。友達を誘ってそば打ち。
NPCについて
故人など例外はありますが基本的に制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
※特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場できるよう運営とも相談しつつ努力します。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、仲良くケンカする巨大怪獣同士あるいはそれを止めに来る巨大怪獣、等)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(2シナリオ以内でお願いします)。
私こと桂木が書いたシナリオであっても、私はけっこうな確率で詳細を忘れているのでタイトルとページ数を指定いただけないと思い出せないのでご注意ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。あなたのご参加を超がつくほどお待ちしています!
桂木京介でした!