卒業～らっかみの願いを叶えて～｜リアクション

卒業～らっかみの願いを叶えて～

　卒業式当日～卒業式はじまる

＼　哲学者シトラス・ガムダンは言いました、終わりは終わりであり、途中で始まりだと　／

　雨宮草太郎校長の恒例のシトラス・ガムダンの長話が続いている。
（とうとう卒業ですか……長かったような、あっという間だったような、不思議な感じですねぇ）
　校長先生のよく分からない長い話も聞き納め、ちゃんと最後まで聞いて……などと考えていた巫部紫苑の思考もそこで途切れた。目覚めていたのは、わずか一分。参列者の大部分も、眠ってくれと言わんばかりのおだやかな波動に耐え切れず、うとうと船を漕いでいる。来賓席のあたりにちゃっかり座った斉田珠喪ですらもだ。
（やっぱり校長先生の話、長いなぁ……）
（この長話だけはどうにかならないかな……）
　恵御納夏朝と恵御納夏夜は、あくびを噛み殺しながら耐えている。
　すると夏朝が左手にしっかり嵌めた橙々色の猫パペット――ハルくんがぴくっと動いて夏朝の太腿を叩いた。
（いけない……ハルくん、起こしてくれてありがとう）
　ハルくんは我慢してじっとしている。
　姿勢を正し、一生懸命にきいているのは御巫時子くらいだ。
（校長先生のお話が長いのは慣れました……むしろ、もうガムダンの話が聞けなくなると思うと寂しいです）

　朝鳥さゆるは校長のシトラス・ガムダンの話を聞くのは卒業式にしてはじめてであった。表情こそ、普段通りのポーカーフェイスで「ダウナー系美女が物憂げに聞き流している」という風情であったが、内心では異様なほどの長話かつ内容のなさに驚いている。
（これが噂のシトラス・ガムダン話……聞かなくてもいい気がするわ）
　話の内容は、輪廻転生のような話から校長の髪の話になりつつある。おそらくだが。
　ふとこの三年間に想いを馳せる。
　ほんの十二歳で人生の過酷な荒波に揉まれることになったさゆるは、高校に入学するも爛れた日々を送り、出席日数ギリギリしか学校に通っていなかった。当然友人などなく信頼できる人もなく、行きずりの相手とただ身体を重ねるだけの日々。
（あの頃はまさか、こんな日を迎えるなんて思ってもいなかった）
　高校を卒業する日まで生きているとすら思っていなかった気もする。
　変化は、いまでは同棲中の恋人と出会ったことで起きた。
（彼女と出逢って、私は変わった……）
　生きているか死んでいるかわからないような自暴自棄な暮らしをしていた自分が、今年の春からは彼女は木天蓼大学法学部法律学科の学生になる。同時に夜は彼女の職場でキャバ嬢としても働くつもりだ。
（普通の高校生の卒業後の進路とは思えないけれど、自分が選んだ道だから後悔はないわ）
　さゆるの恋人は今日は卒業式には来ていないが、祝ってくれていることを心から信じられる。彼女との出逢いが、この三年間を『悪くない』ものにしてくれた。きっと、これからも――。

　いつの間にかシトラス・ガムダンの話が終わっていたらしい。吉田熊吉先生が雨宮校長を舞台袖に引きずっていっているから、強制終了というやつかもしれない。
「えー。ここで来賓祝辞――え、なんだい君は」
　進行役の黒崎俊介教頭のマイクが、小柄で銀髪ツインテールの少女にひったくられる。
　少女はつかつかと壇上に上がると、
「寝子高生諸君！」
　と居並ぶ参列者へ向かって呼びかけた。
「わらわは本日寝子高を自主退学した、もう学生ではない斉田珠喪じゃ。白銀のプロゲーマー『лиса』の方が通りがよいかな？」
　あたりがざわつく。プロゲーマーとしての珠喪のことを知っている者もいるようだ。
「わらわから皆にひとこと餞の言葉を送りたい！　――挑戦を恐るるべからず」
　珠喪は口調こそ静かだが、滾る心で語りかけた。
「数多の道が現れた時にそれを選択する勇気を持つのじゃ。プロゲーマーになったとき、今日というこの日に自主退学と言う道を選んだとき、わらわは勇気を出し挑戦した。これからもそうありたい。そうあろうではないか、諸君！」
　そういってマイクを置いた珠喪はもう席には戻らず、さらばじゃ、と寝子高をあとにしたのだった。