卒業～らっかみの願いを叶えて～｜リアクション

卒業～らっかみの願いを叶えて～

　卒業式当日～朝の風景

　それから彼らはどうしただろう。
　人々のほとんどはぐっすりと眠りについた。
　ののこも、桜花寮の自分のベッドですやすやと眠った。穏やかで満ちた顔をして。
　そして――朝が来た。
　卒業式の朝が。

――ののこちゃん起きてー、時間だよー。
　
　桜花寮の一室。ののこと同室の小山内海は、ベッドの中で快眠中のののこの体を、ゆっさゆっさと力いっぱい揺さぶる。
（起きてってば。このままだと遅刻しちゃうよ！）
　……起きない。
　今が一番気持ちいい時間という顔でむにゃむにゃと寝がえりを打つルームメイトに、海は困ってしまった。
（ののこちゃんの寝起きが悪いのはいつもの事だけど何も卒業式の日まで……それにいつも以上に起きない……昨日よっぽど疲れることでもあったのかな）
　そうかもしれない。
　が、今日は卒業式。
　ののこにとっても自分にとっても節目となる今日という日に遅刻をするわけにはいかない。
（この３年色々あったなぁ。ののこちゃんが落ちてきてテオとも出会って……なんか感慨深い。って、それどころじゃなかった。と、とにかく何とか起こさないと）
　海はさらに力を込めてののこの体を揺さぶる。幼い頃に声を失った海は、ののこの名を大声で呼んでやることはできない。普段会話に使うスケッチブックも寝ている相手には通用しないし……そうだ、と思いついて、スマホのアラームを最大音量にしてののこの耳の脇で鳴らしてみる。
（……うそ、これでも起きないよ）
　どうしたらいいの？
　悩んだ海は食堂に走ると、食堂のおばちゃんからフライパンとおたまを借りてきた。ついでに食パンも。
（おーきーてー！）
　海はののこの耳元でガンガンとフライパンを鳴らす。
「ぶにゃっ！？！？」
　これにはさすがのののこも飛び起きた。
「ここはどこ？　私は誰？　今日は何日？」
（説明してる暇ないよ）
　海はののこに制服を手渡す。
　急いで準備して走って行って間に合うかどうか微妙なラインだ。ののこの瞼はまだ半分しか開いていないし、髪はすべてがアホ毛になっちゃったのかと思うくらい寝ぐせだらけ。ほえ～と呆けるののこを着替えさせ、その手に食パンを握らせる。こうなったら食べながら走ってもらうしかない。
（準備できた？）目顔で聞く海。
「う、うん？」
（それじゃ、行こう！）
　海はののこの、パンを持っていない方の手を取って走り出した。

◇

　朝の寝子高、昇降口を入ってすぐのところに旅鴉月詠の姿がある。
　芸術科の生徒達が作った卒業制作の展示が今日までされているのだ。月詠の希望もあって、月詠が制作した作品は学校へ寄贈されることになっている。

「芸術の道は３年では足りない。励みたまえよ」

　口元にパンくずをつけたののこと、その手を引いた海が、校内に駆け込んでくる。
（間に合った）
「セーフ！」
「やあ。ののこ、海。際どかったな」
「おはよう月詠ちゃん。すてきな猫の像だね。テオみたい」
「みたいではない、テオだ」
「テオったらこんなに恰好よくしてもらって。っと、月詠ちゃんも早く教室に行かないと！」
　それだけ言って走っていくののこと海。月詠は肩を竦める。
「今日を無事に迎えられてよかったな、ののこ。……どうかね私の像は」
　月詠は自らが制作した灰色猫の像に向かって呟いた。
「テオドロス・バルツァ。君が一番の功労者だろう？　気に入ってもらえるといいがね」

◇

「彰尋くんおはよう！」
　猛ダッシュで廊下を走って来たののこが、すれ違いざまに鴻上彰尋の肩を叩いていく。小さく会釈した海を見て状況を察する。ののこがいつものののこだ。彰尋は安堵した。
「おはよう野々さん、小山内さん」
　駆け去る背中に挨拶を送って視線を戻すと、彰尋の前にツインテールの少女が立っていた。