【サイドクエスト『サイディア王室プレゼンツ・ハウジング王決定戦』（１）】

　証がほしかった。特別な証だ。ともにひとつの目的へ向かって邁進し、そろって手にする唯一性ある宝。なにも物質をともなわずともかまわない。彼と共有するあらゆる体験がつまり、かけがえのない宝となるのだ。
　そう熱弁するユズハ（プレイヤー：稲積 柚春）に、ウォルター（プレイヤー：ウォルター・B）はほほう、とまんざらでもなく瞳を輝かせた。
「なるほど、お宝ハントをしたいと。いいじゃない」
「いやうーん、間違ってはいないけど……ほらこれ」
　ユズハの手渡したアイテムは、現在開催中の期間限定クエストを知らせるフライヤーだ。『サイディア王室プレゼンツ・ハウジング王決定戦』。やたらと奥が深い拠点構築システムを駆使して、これだ！　と誇れる我が家を存分に自慢すべしといった趣旨のイベントらしい。
　ユズハの主導で、ウォルターと共有するこの活動拠点もそれなりに充実してきた。新婚夫婦のような甘い居住空間を目指して、豊富な料理アイテムを調理可能なキッチンを設え、ログアウト時の定位置として便利かつ雰囲気たっぷりなキングサイズのダブルベッドで寝室を豪華に演出し、ペットのマジックパンサーがめいっぱいに駆け回りいっしょに遊ぶこともできるスペースも用意した。まさに新婚の夢のマイホーム、ついのすみかと呼ぶにふさわしい出来ばえではないか。
　この上はさらなる拡充を目指し、ハウジング王決定戦にて好成績など残せたなら、それはもう唯一無二の体験ではなかろうか。ウォルターといっしょに受賞、だなんて最高ではないか。
　といったところを熱弁した後、サイドクエストとその報酬として得られるレアアイテムのリストと首っ引きで、我が家に足りないものを模索する。
「素敵なキッチン、ペットとのふれあいスペース、清潔度のパラメータを上げてバフをつけてくれる洗濯機に掃除機……はもうあるし」
「ゴブリン退治のメダル。ドラゴン退治のトロフィー。スライム退治の感謝状」
「料理のレア度を上げてくれるオーブンレンジ。洗濯機に隣接させることで効果を増す乾燥機。ほしいけど、これ！　って逸品ではないかな」
「射撃の威力が上がるメガネに、ピンチの時に一回だけ体力を回復してくれるピアス。黄金の二丁拳銃は、ディスプレイ用かな」
「……！！　こ、これだー！」
「え、どれ？」
　リストに燦然と光り輝く一品を指さし、ユズハの瞳も負けじと輝いた。ウォルターもこれならばと乗り気であった。



　一時間後。ふたりの姿は、サイディアの辺境都市ジャエルの一角にあった。
「ここが＜ネクタール実験場＞……」
「おー、雰囲気あるねぇ。わくわくしてきたよぉ」
　レイドダンジョン、ネクタール実験場。かつてワインツの研究所から追放された狂気の男が、完全なる不老不死薬ネクタールの精製のためおそるべき実験を繰り返したという、いわくつきの場所である。地下に広がる実験施設を踏破し、いまだ埋もれたままの貴重な資源や物資、つまるところお宝を奪取するのがレイドクエストの目的だ。
　施設内にはおそるべき防衛殺戮マシンやトラップ、タレットなどが満載、高難度でありひとりやふたりでの侵入は難しい。ユズハたちは十名程度のグループに混ぜてもらい、地下へ降りるエレベーターへと乗り込んだ。赤いサイレンが鳴りひびき、鉄と油にまみれた実験場の様子があばかれてゆく。
「うわ、出た！　大きい……！」
「ユズハ、いつもの連携でいくよぉ。油断しないようにねぇ」
「う、うん！」
　数々のクエストをこなしてきた。確立されたコンビネーションを阿吽の呼吸で繰り出す様は、ベテラン冒険者の手練にほかならない。アルケミックドクターのユズハは＜エンチャントポーション＞をウォルター含む味方へ手早く投擲し、機械系の敵に効果が高い電撃属性を付与。ウォルターは＜コインフリップ＞で数百ボトルばかりをバレットストライカー特有のリソースへと変換し、それを消費してすさまじい弾幕を放つ。付与された電撃が銃弾をスパークさせ、激しい電弧が飛び交った。
　敵は施設を防衛する自律稼働機械＜ディオナイザー＞、リキッド大陸では珍しいタイプの敵だ。四本の足を持つ、いわばケンタウロスのような姿をしたメカで、両肩部のランチャーからは無数の誘導ミサイルを放ち、カメラアイからは大出力のビーム兵器が照射され全てを切り裂く。両手などドリルに丸ノコだ。巨体も相まって、凄絶な破壊力のそれらをまともに受ければ致命傷は避けられまい。
「ホムンクルス、ワットを守って！」
　手塩にかけて育ててきたホムンクルスも、錬金するポーションの類も、ユズハの全ては最前線で立ち回るウォルターを援護するためにある。丸ノコの一閃をホムンクルスの頑強が肩代わりし、入れ違いに踏み込むウォルターの両手に握られた二丁拳銃が火を噴いた。銃弾の嵐が瞬時に叩き込まれ、敵は軋むようなうめきを上げる。
「いけるよ、ワット！　がんばって！」
「ＯＫ、まかせてよぉ。ユズハも支援よろしくねぇ」
　激闘のさなかにあっても余裕しゃくしゃく、サムズアップさえ返す彼の華麗な立ち回りときたら、なんと美しいのだろう。ユズハは投げるべきポーションを手にしばし見とれたがしかし、それでも連携はタイミングもポーションの選択も全てが完璧だ。
「もう少し！　いける！　夢のマイホームに欠かせない、あのアイテムのために……！」
　ハウジングエリアを飾るラストピースは、このネクタール実験場において低確率で手に入る報酬のなかに含まれているのだ。
　気合一発、ユズハが投げつけた＜波動ポーション＞が炸裂し、戦場に極大の爆発を引き起こした。