恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【それはあまりにも身近だったから】

　部屋の表札には「青龍寺琴理」の名前があった。
　朝が来る。柔らかな日差しが届く中、瞳を開ければ、そこには正座しつつ、その頬に恐る恐る手を伸ばそうとしていた海原茂の姿が──
　「きゃあっ」
　「す、すまない…っ」
　小さな声と共に半身を起こして、琴理は茂を見やる。
　寝顔を見られていたのかと思うと気恥ずかしさに僅かに頬が赤くなる。
　しかし、自分が高１の頃から見てきた彼は、間違っても不法に女性の部屋に入る人ではない。
　「茂くんにそっくりだけれども……」
　「俺は──」
　
　「うそ……あなたが茂くんのそっくりさんで、私の事が大好きで、１日限りの私の理想……」
　「そ、そうなるな……」
　茂は、琴理にとっては“からかいたくなるような存在”だとばかり思っていた。だが、改めてその外見で好きだと言われては……
　「そ、外に行きましょう！　せっかくの１日なのだし」
　からかい甲斐があるとばかりだけ思っていた──しかし、このままだと、つい意識してしまいそうだったから。

　外は快晴、広い公園を二人で散歩する。爽やかな緑が心地良い。
　ベンチに座れば、遠くに聞こえる子供たちの遊び声。
　たまには悪くないなとふと隣を見つめれば、心地良く吹き付ける風を軽く目を閉じて感じる茂の姿。僅かに揺れる短めの髪。
　(余計に意識してしまいそう……！)
　しかし、違和感や不快感めいたものは一切感じない。

　だって、高１からずっと見てきたのだもの。ずっとずっと見てきたのだから。

　自然に、茂の手を握り琴理が笑う。
　「茂くん、一緒に映画でも見に行かない？　今、いくつか新しいのが公開されているの」
　「そ、そうだな……」
　茂は、恥ずかしさを上手く隠せず顔を薄紅に染めがらも。
　立ち上がった時に握られた手を、彼はこっそりと琴理だけが分かる様に、強く柔らかく握り返した。

　映画内容は、映画館の入り口で、恋愛ものよりもまだ茂の好きそうな推理ものにすべきかとも思ったが、ここまで来たのに恋愛モノを見ないのは覚悟が足りないと悩んでいる間に、茂が既にチケットを買って傍にいた。
　恋愛もの映画タイトル“久遠に”のチケットを持って。
　その顔がやはり朱に染まっていたのを目にして。琴理は少し嬉しく幸せそうに微笑んだ。

　もう違和感無く手を繋いだまま、薄暗い劇場の中で銀幕に流れる映像を眺める。
　物語はチープで。そして集中出来る──状態に無かった。
　「…………！」
　大胆にも、薄暗闇で大胆にも茂の方からそっと琴理に身を寄せてきたのだ。
　寝ているのかなと思ってこっそりと茂の顔を覗き込めば、彼は正面を見つつもかなり緊張した面持ちで。
　こちらも、そっと寄り添いながら思った。
　……この映画が終わらなければ良いのにな、と。

　映画が終わった時、時間は既に夜を示して。
　劇場から出て、ふと茂が手を繋いだまま足を止めて空を見上げた。
　嫌な予感が頭を掠めた。
　「……好きだ」
　その言葉と共に、彼は琴理を引き寄せて強く抱き締めた。
　改めたその言葉に、その行動に。やはり動揺が隠せないけれども。
　咎める様な気には全くなれなかった。振りほどく気にも全くなれなかった。

　むしろ。もう終わるんだと気付いた、その現実が少し悲しかった。

　切ない位に強く抱き締められた。琴理の額にそっと触れる唇の感覚。
　それを最後に、茂の姿は霞むように、砂が散るように、何も無かったかのように消えた。

　「やっぱり好きなのかしら…」
　呟く。

　だって、ずっと見てきたのだもの。
　誰より誰より、ずっとずっと……見てきたのだから。