恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　【私の理想がこんなオネェな訳が無い】

「──も、もうこれ以上、フジコ先生色に染められちゃうのは嫌です！
　いやーっ！　助けてお兄ちゃんーーっ！！」

　鬼崎あやめは、朝の光に救われるようにして目を開けた。
　「ま、また！　今日こそは、お兄ちゃんに頭なでなでしてもらう夢を見るって誓ったのに……！」
　泣きながら寝所から身を起こす。しかし、視界の先には何やら見覚えのある黒い物体が──

　あやめの首がブリキの如く音を立てて、見たくなかった声の方へと顔を向けさせる。
　向かなければ良かった。
　その瞬間ほど後悔した事は無かった。
　出来る事なら気絶してしまいたかった。
　しかし、その存在は、彼女の夢の中同様に、長身筋肉質の黒いピッチリに身を包んでおり。
　漢女(おとめ)富士山権蔵先生の姿は、間違いなく現実の物としてそこにあった──！

　「いやぁあああああああッ！！」

　悪夢がついに現実にまで侵略した。
　両頬に手を当てて、彼女はあらん限りの拒絶と絶望を添えて叫ぶ。
　そう、夢の召喚魔法「エロエロエッサイム」をもってしても、あやめの本来の理想より、深層に刻む込まれた悪夢が優先されたのだ。

　「お姉ちゃんっ！　何かあったのっ！？」
　心配と驚愕を交えた叔父と義妹のつくしの声が部屋の階下から聞こえてくる。
　「だ、大丈夫っ。怖い夢を見ただけだから！　ぐ、具合が悪いから、今日はバイトはお休みして病院に行って来るね……！」
　開かないように無意識に背中越しにドアを押さえながら、声を掛ける。心配そうな気配を残しながらも、引いてくれた二人に安堵を覚えつつ。
　あやめは覚悟を決めた様に、富士山先生もといフジコ先生に話し掛けた。
　「ど、どうしてこんなところにいつの間にかいるんですか……！」
　「んふっ。もちろん──」
　話は長くなったが、フジコ先生は丁寧に答えてくれた。
　これが神魂という存在の結果であること。そして……余計な事に、あやめの名前と恋心だけは忘れずに持ってきた、と。
　「つまり、私の理想はフジコ先生……！　嫌です、そんな現実認められないっ！！」
　「お待ちっ！　飛び出す前に、次の『役作り』に向けて黒兎耳だけはつけておいきなさい！」

　アルビノのあやめには必須の日除け対策もそこそこに、即座に着替えて家を飛び出す。しかし、理想のフジコ先生が捲けない。どこまでも、どこまでも追ってくる。
　「分かったわ、黒兎耳は私がつけるから、その恋人兎の役におなりになりなさい！」
　「嫌ですっ！　私もう嫌です！　お兄ちゃーんっ！！」
　泣き叫びながら走る。気がつけば旧市街からシーサイドタウンまで、全力で走り抜いていた。そこから更に電車で逃走しながらの移動。気がつけば星ヶ丘まで涙で頬を濡らしながら駆け抜けた。

　──それでも追ってくる進撃のオネェ。もう恐怖以外の何者でもない──
　
　そして、一日しかいない事を心の支えにして来つつも、ついに袋小路に追い込まれたあやめは、最後の瞬間を迎えようとしていた。
　時は夕暮れ時。理想のフジコ先生の手が確実に迫っていく……

　その手が、ふわりと霞んできた。
　「あら、もう終わり？　残念ね。でも……大好きな人の背中をずっと追い続けるのも悪くなかったわ。……それじゃあね。大好きな鬼崎ちゃん」
　その言葉と共に、神魂フジコ先生は消えた。後には、しゃがみ込んだあやめだけが残された。

　「逃げ切った……！　私、悪夢から逃げ切った……っ！　これで明日からはお兄ちゃんの夢が──！」
　感激の涙が止まらない。
　これで、今日こそは寝所では幸せな夢が。そう願うあやめであった。

　しかし翌日には、悪夢の悪化に静かに泣く彼女の姿があったとか……

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