恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【貴方の姿を思いに変えて】

　眠りから覚めて、宮祀智瑜ゆっくりと目を開ければ。
　視界の先、自室にある机に置かれていた勉強中だった数学のノートを桐島義弘が後から擦れば消せる特殊なボールペンを使って添削していた。
　「ゆ、夢の続き……っ？」
　それにしては、その光景は妙にリアルだった。思わずその可愛らしい顔を全力でつまんでみる。女の子にしては容赦なくつねったせいかあまりの痛みに涙目になる。
　「……？　何をしているんだ？」
　勝手に添削していた数学のノートを机の上に置き、義弘がそっと智瑜の側に来て躊躇い無くその頬に触れた。
　暖かい手の感覚。見た事だけはある手の大きさ。今それが、自分の頬に触れているだなんて。
　「…………どちら様ですか……？」
　幸せ。幸せだけれども。
　しかし、本物な訳じゃない。何となくそうじゃないと頭の中のどこかでそう告げている。
　「まあ、そうだろうな」
　少し冷たくもなってしまったかも知れない言葉に、さも当然とばかりに小さくため息をついて義弘は説明を始めた。

　「これも神魂の効果なんですね──でも、下の階にいるお祖父ちゃん達に見つかっちゃ大変だし……外にも出れな──先生、数学のノートに何か……」
　「ああ、予習は感心するが結果が余りにも酷かったからな。意気込みは買うが、意気込みだけでは何も解決出来ない」
　「義弘先生──！　勉強教えて下さい！」
　大好きな先生と二人きり。智瑜は急いでパジャマを着替えて机に座り、ノートを捲りながら、
　「それが、ちんぷんかんぷんなんです……」
　「当たり前だ。ここは必要な基礎さえまだ教えていないんだからな。
　ここは、まず……」
　義弘は机に手をつけて、智瑜との至近距離でノートを指に差しながら独占の家庭教師を始める。
　顔が余りに近いような気がするが、智瑜は頬を紅に染めながら頑張って勉強に専念することにした。

　「解けた！　解けました、義弘先生！」
　「良く出来た。宮祀は覚えがいいな」
　その瞬間──あの義弘が薄く目を細め、微笑んで智瑜を見た気が様なした。
　「………え？」
　「あ、い、いや！　何でもない！」
　智瑜はその表情を思い出す。あの公平を地で行く先生が、嬉しそうに智瑜の事を己の事のように喜んでくれた瞬間を。
　「わ…私！　飲み物取って来ます！」
　照れくささを誤魔化す様に、勢い良く席を立った瞬間。
　──机の椅子に足を引っ掛けて、そのまま智瑜は隣に立っていた義弘の胸に勢い良く飛び込んだ。
　突然の事に義弘も支えきれずに、とっさに智瑜を庇うようにそのまま後に倒れこむ。
　「大丈夫ですかっ！」
　「あ、ああ。問題な──……！」
　慌てて起き上がろうとした智瑜が、腕の力の入れ所を間違えたのか更に倒れこんだ義弘の肩口に顔を埋める様にまたつぶれてしまう。
　階下から「大丈夫かい？」と祖母からの声が聞こえてくる。
　「だ、大丈夫！」

　そう答えながらも、際どい位置に落ちて、慌てて今度こそとじたばたとした智瑜を、何を思ったのか義弘は、思い極まった様子で、両腕で強く抱き締めた。
　「え──？」

　そのままどれだけの時間が経っただろう。
　無言で過ごす時間。義弘は何も言わず、智瑜もその腕の色が薄くなっているのに気付いて口を開くのをやめた。そして、そのまま……義弘は何も言わないままに姿を消した。

　智瑜はゆっくりと起き上がる。
　言葉が浮かばない。
　でも、一つ分かることはある。
　もう、本物にはぶつかったりしないようにしよう、と。
　起こり得ない事だとは分かっているけれども。もしも、万が一。同じ事が起こってしまったら、次に何て言って良いのか分からないから。