恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【他の誰にも理解されない】

　『たまには手料理が食べたい』
　それが雨垂ミゾレが最後に思った事だった気がする。
　夜に居酒屋で安酒を飲んで飲み過ぎたらしい。ベンチで休むつもりが気がつけば朝日が差していた。
　……まるで野良猫みたいだな……そう、大嫌いなものに自分を比喩して。
　その最中、眩しくて思わずまだ霞む目に一人の女性の姿が映った。
　「…あ？」
　「あ……あの……」
　長身で出るとこ出たモデル体型の長髪美人。目の前で、上手くこちらに声を掛けられないのか、困ったように右往左往しているのが目に入る。
　「………………」
　俯きがちの彼女に、ふと自分と同じ影を感じた。
　それは、今まで行き場が無かったモノの目。
　──彼女も、会社を追い出された俺の様に、何かしらの理由で家を出され、頼る人が居なくて、俺のところに来たのではないか？
　そう思うと、妙な親近感が湧いた。彼女もまた、自分と同じなのではないかと。

　「お前、今日泊まるところ無いのか」
　「は、はい……」
　「よし、決定だ。俺の家に来い。何も言うな。一晩でも二晩でも、泊まっていけ」
　その瞬間、その女性の顔が救われた様に明るくなるのが目に入った。……俺にも、人にそんな顔させる事が出来るんだな。そんな事をミゾレはふと思い起こした。

　「わ、私何も出来ませんけど……家事だったら。お料理も……得意です」
　家に着いて、彼女は男の一人暮らしというアパートの惨状を前にして、一瞬うろたえてから、慌ててそう言葉を補った。
　「汚ぇならそう言えばいいだろ。……まあ、内気で優しそうだしな。料理が得意なのは有り難い。ここんとこ、まともな飯食っていないしな。そうだ、いつまでも『お前』ってワケにはいかないよな。お前、名前は……」
　「名前は……」
　「ああ！　言いたくないならいい。……そうだな、『雫』なんてどうだろう」
　「雫……」
　
　雫が来てから、ミゾレの部屋は生まれ変わった。あちこちに散ったペットボトルもビールの缶も新聞も綺麗に纏め上げられ、直ぐに捨てられる様に配置されている。
　「今日は…鍋にしてみました。お米も買って来たから後でおじやに出来ると思います……」
　「雫、金は？」
　「持っていましたから大丈夫です。さ、冷めないうちに召し上がって下さい」
　雫がじっと見つめる中、鍋の具を一口放り込んで──
　「美味い！　今まで、鍋なんてただのごった煮だろうなんて思ってたが……」
　「嬉しい……」

　おじやをつつきながら、程よく酒も回ってきた頃、俺はぽつぽつと話し始めていた。
　「誰も俺を理解してくれなかった。そのまま体よくクビさ。客受けがなければ新聞が売れないってのによ」
　「そして、俺は奴らの鼻を明かしてやりたくて、この不思議の多い寝子島にやってきたって訳だ。……それまで、本名も本当の仕事も伏せて、フリーのカメラマンの振りをしてな」
　ミゾレは振り返って鼻で笑った。ああ、なんてつまらない人生なんだろう、と。
　「笑っちまうだろ。こんな、人にも見捨てられカメラにしか愛されないような人生なんて」
　「……そんな事無い、です。きっといつか夢は叶うし『ずっと』あなたを愛してくれる人も……」
　「なんか、雫に言われると調子狂っちまうな……よしっ、一枚撮ってやるよ」

　軽く足を崩して座る雫の姿を一枚写真に収めて、その場で確認する。
　そこには確かに、この上なく幸せそうにしている雫の姿が映っていた。

　翌朝──
　雫はその姿を消していて。
　やはり、これが自分の居場所なのだと実感させられずにはいられなかった。
　「あーあ、もう超常現象とか起きねぇかな」
　そう呟いた時。視界のテーブルの上に整えて置かれていた、雫を撮ったはずの一枚の写真には、

　──誰の姿も写ってはいなかった。