恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【気品・誠実・従順と…変わらぬ愛を、いとしき君へ】

　「うぅ、む…」
　北美浜薫子の顔に差し込む朝日が眩しい。
　もぞりと寝返りを一つ打って、目を開ければ。

　そこにはイケメンがいた。
　
　その眼は切れ長なのに、内面の穏やかさを映しているかのように柔和を漂わせ。
　ゆったりとした長い漆黒の髪を下の方で一つに纏めながら。
　そんな、現実ではありえない様な美形が微笑みながら薫子を見つめていた。
　目が覚めても、大して驚きもしない事から、どうも寝ている時からずっと見つめていた様だ。
　「…だ、だれじゃ！？」
　「私は──」

　「なにっ、うちの理想のじゃって？　ほんまかのぅ……」
　薫子の口元がにまりと笑う。
　言うが早いか、薫子の手は相手の胸に容赦なく触れた。
　「うちの理想じゃって言うんならこうしたらどうじゃ、ほれほれー」
　元々スキンシップが大好きな薫子。触る事に関しては容赦しない。
　にまにまと笑いながら全身をべたべたと触ろうとしたところで、相手がそっとその手を取った。
　「薫子、男の体をその様に触るなど、女の子がはしたない事をしてはいけないよ」
　その眼は照れている訳でもなく、ただ真摯だった。
　他の色は全く無い。ただ薫子の行動を案じての事だと、その瞳が告げている。
　薫子に一気に羞恥の色が浮かんだ。一気にこちらが恥ずかしくなってしまう。言葉通りなら、絶対向こうが照れると疑っていなかったのに。

　こんな触り方を出会い頭にしてしまった手前、非常に気が引ける。しかし、きっとそうしてもらえたら、幸せだろうな……そんな思いが薫子を駆り立てて。
　「う、うんごめんなさい…じゃ、じゃあ触っても
　…抱きついてもええですか？」
　頬を薄紅に染めながら、もじもじと小声で言葉を紡ぐ。
　彼は、柔らかくうっすらと微笑んで、その両手を静かに薫子に向けて広げた。
　「おいで」
　薫子はベッドから離れて、飛び込むように彼の胸の中に飛び込んだ。
　彼は、受け止めるときの薫子が痛くない様に、衝撃を緩めるように僅かに胸を引いて受け止めた後、柔らかく抱き締めた。
　(温かい……)
　薫子は思う。受け止めるときの優しさも一緒に感じながら。幸せとはこういう事をなのだろうかと。
　
　「名前が、無い？」
　抱き締められたまま、顔を上げて薫子は聞き返す。
　「ええ、私には名前が無い。１日限り、創られた存在だからね」
　「なら、うちがつけたるわ……！　緊張するけど──……桔梗、なんてどうじゃろう……？」
　「桔梗──」
　彼が、柔らかく笑ったのが見えた。
　「いい名前だね。本当に私がもらっても良い名前なのだろうか」
　「もちろんじゃ！　そ、その為につけたんやから……」
　桔梗が、了解した様にもう一度薫子に向かって微笑んだ。薫子は耳まで赤くして、桔梗の胸の中に顔を埋めた。

　今日は、仲の良い義両親が旅行に出ていて良かった。これで桔梗と一日過ごせる。
　デートなんてしない、……したくないかと言ったら嘘だが、１日が刻限だから。
　それなら、ずっと一緒にいた方が良い。
　手を繋げば、互いの目線が合った。それだけで微笑み合える。
　思わず抱き締めてみれば、柔らかく抱きとめてくれる。
　これ以上の幸せなんて、無い。

　真夜中、日付が変わる頃。薫子を抱き締めて離さなくなった桔梗が、そっと口にした言葉。
　「私はここまでだけれども。
　……薫子は、どうか一時でも…愛してくれる人がいた事を忘れないようにね……」
　　
　それが、彼の最後の言葉となった。

　「これは──仕方ない……仕方ないんじゃ……！」
　淡雪のように消えた彼の体のぬくもりが、まだ涙声の自分には残っている。
　薫子は急いで彫刻の準備を始めた。そのぬくもりが消えないうちに。
　頬の涙が彫刻を濡らす。それでも一心不乱に彫刻刀を振るい続けた……