恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【私は『一日お嬢様』！？】

　「……という訳で、一日お傍に置かせて頂く事となりました。呼び名はまだありませんので、どうぞいかようにでもお付け頂ければと」
　「ええええええええっ！？」

　それが、朝起きて寝室にいた彼の事務処理的説明を含めた第一声だった。

　いきなり神魂だなんだとか、『ひと』である彼女には訳が分からないが、これが学校で不可解に起こるラッキースケベよりもラッキーである事は、彼女椿美咲紀にも一目瞭然だった。
　「それじゃあ、『楓(カエデ)』で……」
　付けてから、女の子っぽい苗字かなとも思ったが、それは敢えて口に出すのはやめておく。
　楓が眼鏡を直しながら、一つ納得した様に頷いた。……この調子ならつけた名前が“楓子”であったとしても、大人しく受け入れた可能性があると思うと美咲紀には複雑な思いで一杯になったが、それも一緒に黙っておく。

　(あ、楓って結構格好良いかも……)
　執事服であろうか、仕立ての良いのが一目で分かるスーツを着た長身の男性。
　モーニングティーを入れる仕草は手馴れており、食器類の類は既に洗われ、スターリングシルバーの食器に関しては、いつの間にという程に完全に磨かれている。
　「美咲紀お嬢さま、モーニングティーになります」
　柔らかな口調で、声が掛けられる。
　一人では使う機会もなく埃を被っていた様なトレイすらピカピカになった状態で、その上には更に温められ美味しそうな香りを漂わせている紅茶が乗っていた。
　「…………！！」
　一口含めば、茶葉は間違いなく家のものなのに、この美味しさは……
　「……美味しい」
　「お褒め頂き、恐縮の至りです」
　楓はあくまで執事の調子を崩さず、それでも少し口元に微笑を浮かべてトレイをしまいに背を向ける。
　──まるで夢のような世界。これが一日堪能出来るだなんて──

　「では、さっそく課題を済ませてしまいましょう」
　急に、辺りの空気が一気に凍りついた様な気がした。
　「か、課題…？　な、何の事……」
　「お嬢様が寝ぼけて仰られたではありませんか。『数学が、数学が…！進学には必要だと分かっていても……』と。
　それでなのでしょうね。私が数学の参考書片手に現れたのは」
　彼はキッチンの傍に置かれていた、美咲紀の持っていない見知らぬ参考書を手に取った。
　「待って、私は理想の男の人の夢は見たけれども、『理想の家庭教師さん』の夢を見た覚えは……！」
　「問答無用です。さあ、来週の授業の予習をしますよ。ノートの用意を」
　「や～んっ！！」

　沈黙が続く。正直に言って美咲紀にとって数学は後から数えた方が早い位の成績でもある。
　幸いにして楓に数学を教えてもらえるのは願ったり叶ったりだった。しかし、
　「……一行目冒頭の間違いを自力で見つけ出して、改めて解を出して下さい」
　「正直にやり直しって言ってよっ」
　分からないと言えば教えてくれる。が、それでも基本スパルタだった。あんまりにもスパルタだった。
　美咲紀も、いつしか絶対楓にぎゃふんと言わせてやるという情熱に身を寄せて問題を解き続けた。
　そして、最後の一問を解き終えて、その答え合わせの後に。
　楓は初めて正面から、美咲紀を見つめて今までに無い程柔らかく微笑んで美咲紀を目にした。
　「良く出来ました、さすがです」
　「うんっ、このままならもっと進めそうな気が……楓？」
　
　振り返れば、そこには既に何も無かった。
　彼が教えてくれる為の参考書もペンも、ノートに書いてくれた文字さえも消え去って。
　そこには、美咲紀一人を取り残し。

　「そっか、今日一日って言っていたもんね……」
　美咲紀は、無言で静かに開いていたノートを閉じた。

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