恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【すり抜ける悲しみの行く先は】

　もう好きな人のところには、必ず仲の良い彼女がいて。
　だから、もう恋人がいるんだからと、叫ぶ心に蓋したんだ。
　最初は心が叫んだけれども……
　忘れてしまった……今はもう、本当に彼が好きだったのかも分からない。

　彼女は、鬼河内萌は笑顔を守るため、傷がついた記憶を全て欠落させて生きてきた。
　落とした欠片は幾つだろう。数える術を彼女は持たない。

　ぼんやりと目を覚ました朝。
　穏やかな日差しに、感銘も何も覚えない空っぽの心と瞳に、彼の姿が映し出された。
　姿ならば、海原茂にとても良く似ているだろうか。ただ、メガネは掛けておらず、纏っている雰囲気は柔らかい。
　「キミ、誰？」
　姿はあれだけ好意を抱いていた存在に近かったのに、それすら心を掠めない。
　「名前はまだないんだ。君がつけてくれないか」
　──彼が何故そこにいるのかさえ分からない中での不思議なやり取り。
　「名前……」
　萌は、その姿をじっと見つめながら考える。
　「陽一郎、君…苗字は、五宮──『五宮　陽一郎』君がいいな」
　虚ろを交えた声で、萌はそう答えた。彼がどこから来たのかは分からない。

　それに、その名前はどこから来たものだろう。

　しかし──ただ、今は“今ここにいる”これだけで十分だ。
　「遊びに行こう。外は良い天気だから、きっと楽しいだろうと思う。『こんなところにいちゃいけない』」
　彼はそう言って、寝起き姿の萌の手を軽く手に取った。

　シーサイドタウンのキャットロード。
　「まずは朝食だろうな。何も食べていないし……」
　店に入れば、陽一郎はあっという間に二人分の食事を運んできた。その中には萌の好みのハンバーガーが含まれている。どこで調べてきたんだろう。

　キャットロードのアクセサリー店。
　「今のも十分似合っていると思う。でも、こっちの方がずっと似合っている。……な、何より萌がより明るく見えるから……」
　恥ずかしそうにして顔をそらしながら、プレゼントをしてあつらえてくれたのは、鮮やかな萌の茶髪に良く似合う、ふわふわしたポニーテール用の髪飾りだった。
　手渡されて、店員さんがその場でつけてくれた。萌の心は初めて、くすぐったいようなほんの僅かに温かい気持ちになれた気がした。

　夕焼けの中の細い小道。
　陽一郎に促されるままに歩けば、そこにはあちこちの道に夏椿の木々が花をつけて立っていた。
　花弁は夕暮れを照らして明るい朱に染まっていた。
　“僕、陽一郎君と一緒に夏椿が見に行きたいな！”
　照り返される朱色に萌の頭の中に響く自分の声。いつ、そんな事を言ったのだろう。
　けれども、今確実に自分は、夏椿の見える丘にいる。

　「萌。笑っていて。
　『俺の事は忘れててもいい』
　だから、どうか笑顔で。
　大好きだから、どうか笑顔で」

　彼が萌に向けた最後の笑顔。
　萌には彼が涙を流していた様に見えたのは、きっと錯覚などではない。
　二人で見ていた夏椿の花の一つが、そっとふわりと地に落ちた。
　手を伸ばしかけた萌。地に着くと同時に、消える彼の姿。

　──あの時届いた事故の訃報。この手から、すり抜けるように消えた彼。
　一瞬の記憶はあっという間に散り散りに、拾い集めるのが困難な程に消え去ったけれども。

　「……何で、ボクは泣いているんだろう？」
　泣きながら、思い出す。海原先輩の事、本当は。

　「そっくりな、だけだったんだね。キミに」
　無意識に落ちた夏椿を両手にそっと拾い上げた。
　まだ記憶はあやふやだ。断片ばかりの切れ端だ。それでも。

　いつか、
　すり抜けていった悲しみも、あの時感じた愛しさも、
　全てを抱えて抱き締められると、そう願って。