恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【変態淑女と覚醒間近のお時間】

　神無月綾は眠気と言う単語を知らないとばかりに、すっと目を覚まして瞼を開けた。
　ベッドから身体を起こした瞬間、机の上に置かれた学園の風紀委員会への報告書を捲り見ている男が一人。
　ぼさぼさの白髪、上半身は裸でズボンのみ。これを不審者と呼ばなければ、世界中の不審者に立つ瀬が無い。

　綾は即座に枕元に置かれた携帯に手を伸ばしたが、その男は足音らしい足音一つ立てずに、机からベッドへ移動し、綾の手を掴んで、その両手を荒縄で縛りつけた。
　「………！」
　しかし、綾の心はその両手などどうでも良かった。
　ついでに足も拘束されたが、その様な事も些事でしかない。

　もちろん、綾は普段からこのような様子ではない。
　むしろ誰であれスキンシップはもっての他、縛られるなど屈辱以外の何物でもない。
　しかし……今回は違った。
　一目見て分かった。この荒々しさと同居する、全てを見透かすような鋭い目。状況を全て先読みしている様な思考能力。
　「………」
　男と目が合う。逸らすことも出来ずに、それでも溢れる多幸感。
　(この殿方の荒縄であれば、もういくらでも縛られて良い……！　ああ、むしろもっと縛って……！)

　……赤らんだ頬、快楽に潤んだ瞳。荒縄に縛られつつも、必死に最後の理性で恍惚が浮かびそうになる表情やを、もっと縛って欲しいなどと強請りかねないこの状況をと必死に抑えたが。

　しかし──残念な事にこれは、どこからどう見ても変態の光景だった。
　上半身裸の男も、束縛されてこの上なく、恍惚としている綾も。

　
　しかし、男は綾を縛り上げた後はそちらには目も向けずに、再び机の上の資料を手に取った。
　「それはその書類は風紀員会への報告書、勝手に見ないでください」
　最後の理性と正義感を込めて、机の上の資料を閲覧する相手を咎める。

　
　「──これが、報告書だと？　ふん、笑わせるな。
　こんなもの事実を並べ連ねただけだ。情報とは、自分で操作してこそ意味がある。
　何故そんな事にも気付かない」
　「え……？　何故そんな事をする必要が？」
　「例え、これが事実であっても、その情報を正とする『世界そのものが間違っている』可能性があると言っている。
　このままでは、貴様はその世界の犠牲になると言っているんだ」

　そう言いながら、報告書の改竄余地がある所全てに赤ペンで線を引いていく。
　あっという間に真っ赤になった報告書。
　荒縄が解けないので、ベッドから何とか足を下ろし、跳ねる要領で綾はその様子を見守った。

　綾はそれを見ながら、自分の中で何かが崩れ去るのを感じていた。
　自然に、これだけの改竄が可能であれば、もっと物事は自分の信じる良い方向へ進めることが出来たのでは無いだろうか。自問自答が止まらない。
　「……私のやり方が間違っている？
　貴方なら確実に……思う存在と戦えるのですか？　どうかご伝授頂けないでしょうか？」
　男は縛られながらも、問い掛けを続ける綾を横目に見ながら、テーブルに資料を戻した。

　「敵を直接狙うな。情報は多数を味方につける為の切り札の一部でしかない。
　世界と、どう向き合うかはオマエが決めろ。世界が間違ってる事もある…それを見ない振りしてる奴らに直視させろ」

　それは──アダムとイヴの物語に出てくるりんごを差し出す蛇の言葉の様だった。それは水などよりも遥かに早く心に染み渡る。
　
　「…………私に、世界と戦えというのですか？」

　綾が一人心地に呟いた。男は何も言わない。
　……否、何かを言いかけて……口を閉ざして背を向けた。

　「……まずは全てを疑え。
　間違った世界に、大切なものを奪われてから……戦い始めても遅いのだからな」
　
　
　綾の脳裏に浮かぶ消えた彼の姿。
　綾は小さく呟いた。

　「私は神無月綾…貴方は…？」

　初めて名乗る──答えは返ってこない。しかし、男は確実に、その役目を終えていた。