恋人創ろうぜ！！｜リアクション

恋人創ろうぜ！！

　　【Rivale】

　良く晴れた晴天の空。
　起きる様子の無い大田原いいなに、その人物は容赦なくいいなの鼻を摘んだ。
　「ふごっ、ふごぶあっ！
　叔父貴！　儂の鼻を摘んで起こすなとあれほど…誰じゃ貴様？」
　死に掛けて一瞬天国が見えた目の前には、見知らぬ存在が至近距離からいいなの顔を見つめている。
　……何と言うか、無愛想を露骨に表面に出したような。そこそこ知性が漂う顔立ちをしているだけに、それに拍車が掛かり、余計に人が近寄りがたくなっているような。
　そんな彼が、初めて口を開いたのはじっくりといいなを眺めてから数分ほど経過してからの事だった。
　「俺は──」

　「何と！　儂の理想像を勝手に形に……ええい！　儂は恋人など要らぬ！　余計なお世話じゃ！」
　(惚れた腫れたは『人を変えてしまう感情』じゃ、儂は断じて…！)
　相手にすまいと決意して服に着替える。
　しかし、さっそく着たその服の襟首を、相手は軽々と鷲掴んで、引っ張るようにいいなを外へと連れ出した。
　「こら貴様、なぜ儂を引っ張ってゆくのじゃ！」
　「護身術の鍛錬だ」
　やっと発言する意図を会話の中に見出したのか、相手を斜め下に見下ろしながら事実だけを淡々と告げる彼。
　「なぜ儂の日課を知っておるのじゃ？」
　「お前が想像した俺の日課だからだ。付き合ってもらうぞ。少しはまともになっているのだろうな」
　──その言葉に、懐かしさを覚えた。
　髪は長くない。短髪だ。姿は似ているより、遠いと言った方がより近しい。
　しかし、それでも。懐かしさの余り、大切に掛けてある緑のコートにしばし目をやり。
　それを羽織っていつも護身術の練習をする場所まで辿り着いた。

　「で、今日は貴様が儂の相手をすると言うのかや？」
　「来い。手並みを見せてもらおうか」
　「…先手必勝！」
　“初手を制するものは全て制す”誰かの言葉を思い出しながら。

　それは、既に護身術ではなく、実際の組み手の領域まで来ていた。いいなの脈拍が跳ね上がる。それが100を超えた時、腕を含む全身のリーチが変わり、彼はそれすら疑わず彼に関節技で捕縛されて終了した。
　「うぬ～、儂が伸びた時りーちの差を考えねばならぬか。しかも、貴様はひとだから今回の伸縮も当てにならん！
　発動のたいみんぐを含めて更に精進が必要じゃな」
ひとりごちて考え込む様に、彼は僅かに思考を巡らせる。
　「次の予定は？」
　「は？
　確かに次は『ｂｏｎｈｅｕｒ』で、伸びた姿でばいとの予定じゃ」

　「……ついて来おった」
　バイトの身である以上普段の言葉遣いは使えない。
　「ご注文は？　アイスコーヒー・ブラックですね」
　「その姿、良く似合っているじゃないか」
　「…巫山戯た事を言わないで下さいっ」
　注文を受けて背中を向けた時に、同僚に知り合い？　と尋ねられても。
　「いいえ、知らない人です」

　帰り道──
　「だから、何故家までついてくるのじゃ。何ぞ言いたい事でもあるのか」
　半歩後を影のようについてくる彼に対して、家の前で立ち止まる。
　その時、フードをはずしていたいいなの頭を、撫で方を知らないのかぐしゃぐしゃに撫でた。
　しばし、なすがままにされながら。……いいなの口からポツリと洩れた。
　「……また、会えるかの？」
　その願いが。目の前の彼なのか、彼女に生き抜くものを与えた遠くの“彼”なのかは分からなかったけれども。
　「俺は出来ない事は約束しない主義だ」

　俯きながら、彼はもう一度だけいいなの頭を撫でて。
　そのまま残滓も残さず消滅した。
　「……………」
　いいなは、無言で緑のコートの合わせを縋るように抱き合わせて。静かに玄関のドアをくぐっていった。