忘れ風｜リアクション

忘れ風

〇忘れたものは

　稲積柚春は、困っていた。
（今日会ったら何をしようとしてたんだけっけ……？）
　ウォルター・Bと待ち合わせをしていたはずだ。
　なのにデートプランを思い出せない。
（忘れちゃうくらいどうでも良かった？　そんなことない！　……はず。行きたいお店もいっぱいチェックしていたし、話したいことだって……）
　行き当たりばったりのデートになっちゃうな、と不安になる。
（そりゃあ一緒にいられたら僕はノープランでも嬉しいけど、ワットは退屈じゃないかな。けど、頑張ってみよう）

　それにしても、ウォルターが現れない。
「待ち合わせは……ここ、のはずだけど来ないなぁ」
（もしかして間違えてる？　連絡して、急いでワットのところに……あれ）
　突然感じる違和感。
「行って、いいんだっけ。僕は何か重大なこと忘れてない？」
　思い出せない。
　胸の中で大きくなる不安に、柚春はじっとしていられなくなった。
　
　ウォルターの家に向かいながら電話をかける。
　何度かの呼び出し音の後。
『もしもし』
　聞こえてきたのは……落ち着いた女の人の声だった。
（なんでワットのスマホに……）
『申し訳ありません、ウォルター様は休んでおりまして電話に出ることができません』
（どういうこと？　ワットが僕とのデートを忘れて他の人と……なんて）
『また後日ご連絡ください。失礼いたします』
　切れた電話に、柚春は呆然とする。
（大人の女性と、ワットが一緒に休んでいる……）
　悪い想像が浮かんでしまい、柚春は混乱の極みにあった。

「……しんじない。顔を合わせて名前を呼んでくれるまで、今日は帰らないよ」
　走り出す柚春。
　ウォルター邸は目の前に迫っていた。

　チャイムを鳴らすと、メイド服を着た女性が現れた。
「柚春様！　どうなさったんですか？　昨日もご連絡しました通り、ウォルター様は……」
「えっ？」
（誰、この人？）
　柚春はデートプランを忘れてしまったと思い込んでいたが。
　本当に忘れていたのは──
「……柚春？」
　辛そうな声がした。
「ワット！」
「ウォルターさま、大人しく寝ていなくては」
「ごめんねぇ、熱を出しちゃってさ」
　赤い顔をしたウォルターの姿を見て、柚春は思い出した。
（昨日……確かに僕は聞いた、ワットが寝こんでるって。──誰から？）
「熱のせいかいろいろ思い出せなくて気になって、今朝も家を抜け出してメアリに怒られちゃった。だから、もう今日は家を出してもらえそうにない」
「あの、ごめんなさい、僕……僕も、なんだか忘れていて。無理させるつもりじゃなかったんだ」
　メアリ・エヴァンズの存在を、ようやく柚春は思い出したのだった。
（でもよかった。僕のこと忘れて他の女性と過ごしてたわけじゃないんだ）
「ワット、お大事に……今度、風邪に効くアロマを作ってくるね」
　ほっとしながらも、今度はウォルターの体調が心配になる。
「早く元気になって、また会おうね」　

　一緒にいたいのはやまやまだけど、今は我慢。
　ウォルターのためにアロマを作ろうと、何もかも思い出した柚春は愛しい人の家を後にした。

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