忘れ風｜リアクション

忘れ風

〇スマホは見れたけど……

「うーん、俺どうしちゃったんだろ？」
　何も思い出せなくなった金色の髪の少年は、首を傾げる。
　ポケットを探るとスマホが出てきた。
「これでなんとか……」
　幸い顔認証だったおかげで、スマホの操作はできた。
　スマホに保存された写真を眺めて、手掛かりを探すも。
「うーん、写真を見ても誰が誰やら何も思い出せないなぁ」
　プロフィールを確認すると、八十八旗信彦という名前が出てきた。
　住所が星ヶ丘寮なのもわかった。
「待ち受けが、自分と誰かのツーショット写真だったから、自分のスマホであることは間違いないはず……名前や住所が分かっただけでも収穫、かな？」
　待ち受けに写っている彼女のことも、今の信彦は思い出せなかった。
「お、スケジューラに予定がある。エレナちゃんと会う……？」
　
　しばし首をひねったが、エレナちゃんが誰なのか、書いてある待ち合わせ場所がどこにあるのか思い出せない。
「約束があるなら行かなきゃね。俺が誰なのか教えてもらえるかもしれない」　
　信彦はスマホの地図アプリを立ち上げ、待ち合わせ場所を入力した。

　幸いそう遠くはなく、ほどなく到着した信彦はあたりを見回した。
「エレナちゃん、って言うんだから若い女性だよねえ。あっ！」
　いかにも『エレナちゃん』という雰囲気の金髪の女性を見つけた。
（さっき見た写真の中にも写ってたし、間違いないね）
　信彦は近づき声をかける。
「やあやあ、キミが待ち合わせの人かな？　俺のこと分かる？」
　金髪の女性は、不審げな眼差しを信彦に向けた。
「あなた、誰？」
「俺は……八十八旗信彦。俺のこと教えてもらおうと思ったんだけど、何か知らない？」
　ちょっと自信はないが、自分の名字を読むことはできた。
　アドレス帳の『と』の位置に、自分の身内と思われるこの姓の名前が登録されているのを見て、不思議に読み方が浮かんだのだ。
「ごめんなさい、覚えてないわ。私、記憶喪失みたい」
　エレナ？　はどこか自信なげな様子で目を伏せた。
「えっ、キミも記憶喪失なの？　キグウ奇遇、俺もだよー」
　明るく答える信彦。
「あなたも？　さっき名前を名乗ったけど……」
「スマホのおかげさ！　キミはスマホ持ってないの？」
「持っているけど、暗証番号を覚えていないの」
「それは残念だね。顔認証がお勧めだよ。……そうだ、とりあえず、どこかでお茶しない？」
「えっ？」
「俺のスマホにキミと撮った写真もあるし、一緒に見てたら何か思い出すかもしれないじゃない？」

　そんなわけで喫茶店に入った信彦とエレナ。
　適当に注文を済ませると、信彦はスマホのアルバムを開いた。
「ほら、ここに映ってるだろ」
「……そうね」
　他にも一緒の写真はないか、と信彦は写真をスクロールするが。
「……おや？」
　気づいてしまった。
「他のレディと映ってる写真もいっぱいあるなぁ」
「……どうやら私たち、恋人じゃないのは確かなようね」
　ジト目で見つめるエレナだが。
「いや、俺ってば超社交的じゃね？　恋人じゃないとは限らないよ、たくさん知り合いがいるだけかも」
　あくまでポジティブ思考な信彦であった。

「お待たせしました……あっ！」
　その時、コーヒーを運んできたウェイトレスがバランスを崩した。
「……危ない！」
　こぼれそうになるコーヒーに、エレナをかばおうとする信彦だが。　
　それより早く、エレナが立ち上がると華麗なターンを決めてトレイを受け止めた。
「……キミ、バレリーナなんじゃない？」
　あっけにとられ拍手を送る信彦。
「なんだか、思い出せそうだわ」
　剣崎エレナは優雅にバレリーナの礼を決めて、トレイをウェイターに返したのだった。
　

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