忘れ風｜リアクション

忘れ風

〇二人の記憶喪失

　八神修は、カフェの前でボードメニューと写真を見ていた。
（あおいが好きそうなメニューだなあ）
　ほんわりと考えてたところへ。
「修くん」
　声をかけてきたのは、七夜あおいだった。
「あおい」
　振り返って、なんだか悪戯を見つかった時の様な気持ちになる。
「メニューを見てたんだ」
　照れ隠しに答える。
「どんなの？　私も見よう」
　そう言ったあおいがメニューを見ようと修に寄ったその時。
　ヒュルル～
　忘れんぼな風が吹いた。

「えっ？」
「あれ？　私……誰？」
　二人は同時に記憶を失ってしまった。
「君も記憶がないのか。俺もだ」
「ええと、あなたは……？」
「わからないが……この格好は制服だな」
　思い立って、胸ポケットを探ると生徒手帳が出てきた。
「八神修。俺は、八神。寝子島高校の三年生だ」
「待って……私もあった！　七夜あおい、同じ学校の同級生みたい」
「なるほど。それなら協力して思い出さないか？」
「えっ？」
　記憶喪失は大変な事件だが修は冷静に状況を分析する。
「別に犯罪や事故に巻き込まれた様子はないな。一過性のものなら、病院を受診するまでもなくなにかのきっかけで戻るかもしれない」
「でも、どうすれば……」
　あおいと名乗る彼女の表情からは、焦りや不安が感じられた。
（無理もないな）
　顔には出さないが、修も多少は感じている。
（大切な何かを思い出さないと……って、心のどこかが焦ってるんだ）
「不安だろうね。何でも話してほしい。俺は受け止めるし、一緒に考えるよ」　
　少しでも安心してもらおうと笑みを向ける。
「こんなときに笑えるなんて、余裕あるね」
　彼女の表情が、少しほころんだ。
「笑う門にはラッキーカムカムだよ」
　修は元気づける。
（同じ立場の者同士、支えあいたい）
　そして目の前のカフェを見た。
「立ち話もなんだし、このカフェに入ろうか。それとも学校に行くのも良いね。知り合いも居そうだろ？」
「うーん……学校の場所、覚えてる？」
「スマホで調べることはできそうだが」
「……いいよ。知り合いに会えるかわからないし。このカフェ、入ってみようかな」
　あおいは財布を確認しながら言った。

　どこかぎこちなく、二人はカフェに入った。
「八神君は何にする？」
「俺は……いや、君は何にする？」
「どれもおいしそう……迷うなあ」
　あおいがメニューに目を走らせた。
「この、いちごのデザートがいいかも」
「……？！」　

　その時修はデジャヴを感じた。
　それは記憶を失う前に修が見ていたメニューであったのだが。
（いつか二人で、こんなことがあった）
　さっきまでのどこか緊張した表情ではなく、修に向けたあおいの表情は心からのものだった。
　雷に打たれたように修は気づいた。
　周りの音が消え、魂を貫いて何かが走る！
「君が」
「えっ？」
「君が、俺の、大切な何か、だ」
　あおいは目を丸くしていた。
（俺は、何度でも君を好きになる）
　まだ思い出していないであろうあおい相手に、そこまで口にするのははばかられたが。

（俺達はゆっくり取り戻してくのだろう。大切な互いを……）
　理論的な裏付けはなくても、それは修の確信だった。
　

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