バトル・エアーが吹き荒ぶ｜リアクション

バトル・エアーが吹き荒ぶ

　ヒュドラーは、ギリシア神話に登場する怪物である。長母音を省略してヒュドラとも表記される。テュポーンとエキドナの子で、オルトロス、ケルベロス、キマイラ、また一説にネメアーの獅子、不死の百頭竜（ラードーン）、プロメーテウスの肝臓を喰らう不死のワシ、スピンクス、パイア、金羊毛の守護竜と兄弟。トレミーの四十八星座のうちのひとつであるうみへび座（海蛇座、Hydra）はヒュドラーのことである（Nyakipedia調べ）
　神話伝承に語られる怪物やら神性の存在やらとぶつかり合うのも始めてではないが、星ヶ丘を侵攻する巨大な多頭竜を目にしてサキリ・デイジーカッターは思わず心躍らせた。戦慄した、とか怖気を振るい逃げ出したとかでなく、喜んだのである。別段バトル・エアーの影響どうのというわけでなく、これがサキリの平常運転であった。風に吹かれるでもなくバトルマニアな彼は先日も、霊界にて世界を滅ぼす怪物相手に一戦やらかしたところであるのだから、むしろ異能異界バトルどんとこいってなものである。
「神話の巨竜か、相手にとって不足はないな。君はどうだい？　準備はいいかい」
「無論だ、主よ。特別に我が力を貸してやろうではないか！　だから我の強さと美しさを称賛するとよいぞ、というか称賛しろ」
「ははは。ま、一緒に楽しもうか」

　蛇腹剣の付喪神。サキリの新たな相棒だ。星幽塔にて振るう蛇腹剣に意思が宿ったものである。プライドが高くツンツンと刺々しいが、時にサキリの関心を買おうと奮戦する様は愛らしい。
「ヒュドラーか、なんたる不格好。醜き竜よ。同じ竜の眷属とは認めたくないものだな」
「もちろんだよ。強くて可愛い僕の相棒とはまったく違うさ」
「ぬぐっ……ふ、不意打ちはやめよ！！　てっ、照れるではないか……っ」
　ステッラ・デッラ・コリーナへ上陸した多頭竜ヒュドラーは首をフレイルのように振るってホテルをなぎ倒すと、炎に氷、電撃と多色のブレスを吐きだし街並みを破壊しながら前進する。星ヶ丘を抜ければシーサイドタウンを蹂躙し、やがては旧市街へと到達し寝子島は灰燼に帰すだろう。まあテオが世界を切り分けてはいるからそうそう寝子島に被害は及ぶまいが。
「さて、やろうか。頼りにしてるよ」
「ああ、任せよ！」
　二本のマチェットを抜き放ち、サキリは赤い輝きをまとい飛翔した。

「……なんだあれコワッ」
「でっかー」
　風の精晴月を伴い、桜井ラッセルの姿もまた星ヶ丘にあった。闊歩する巨竜を見上げて二人は揃ってぽかんと口を開けた。
「うおっ、やべぇ！？」
　無造作に振るわれた尾の一撃でビル三棟がまとめて崩れ落ちた。巻き込まれかけるが辛くも晴月がラッセルを抱え上げ、風に乗って飛びあがる。星ヶ丘の白い陶磁器のような街並みを瓦礫に変えながら進行するヒュドラーを睨み、ラッセルは眉をつり上げた。
「くそっ。あんなのに寝子島をぶっ壊されてたまるか！　テオが世界を切り分けたって言ったって、現実に影響が出ないとは限らないもんな」
「でもどーするの、ラッセル？　あんなに大きいの、どうやってやっつけるの？」
「そりゃお前……どうしよう」
　巨体の竜はまるで映画の中の巨大怪獣だ。人間一人や二人が立ち向かってどうにかなるとは思えない。のだが、よくよく見ると立ち向かっている者たちがいるではないか。サキリと蛇腹剣の付喪神であった。
「すっすげえ、首を一本ぶっとばしたぞ！？」
「あっ、でもすぐにまた首が生えてきちゃった！　そんなのずるいよ～」
　（Nyakipediaによれば）ヒュドラーの真に恐ろしきはその再生能力である。ヒュドラーの首は幾度斬り落とそうともすぐに生え変わるのだ。
　難敵である。しかし退くという選択はラッセルに無かった。ちらと傍らの緑髪なびかせる少女を見やる。
「俺よりよっぽどつえーかも知れねぇけど……」
「うん？　何が？」
　風を操る晴月ならば、いくらでも戦い様はあるだろう。頼もしいが同時に、引け目を感じないでもない。好きな相手にはどちらかと言えば守られるより、守りたいものだ。
「俺だって、やれるさ。やんなきゃな！　晴月、お前は俺が守る！」
「うん、私もラッセルを守るよー！」
　なるほど、そんな形もアリかもしれない。
　風の力を帯びる風翼緑槍（シルフィーナ）を取り出し、力強く身構えた。星幽塔の星の力を帯びた品が寝子島で扱えることは稀だが、今回はバトル・エアーの恩恵か、力を貸してくれるようだ。
「おーし、行くぞ！」

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バトル・エアーが吹き荒ぶ

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