バトル・エアーが吹き荒ぶ｜リアクション

バトル・エアーが吹き荒ぶ

　げに恐ろしきはバトル・エアーである。仙藤紫こそ文武両道、学生時代には水泳に打ち込み幾度となく好成績を残してきたが、片や仙藤蒼は反射神経に長けるもののどちらかといえばインドアなゲーマーであり、異なる性質の両者を一概に比較はできまい。できまいが現在の蒼は紫の繰り出す百裂パンチを片手でいなし、隙を突いてのハイキックで鋭く反撃を繰り出してみせるのだ。からくも腕をかかげ蹴りを防御した紫の身体が十数メートルも滑り、痺れる腕をさすりながらに紫は微笑んだ。
「なかなかやるわね、蒼」
「お姉ちゃんには負けないんだから！」
　はて二人は何をしていたのだったか、確かシーサイドタウンのアウトレットでショッピングのさなかであったように思う。腕を絡め合い微笑ましい姉妹デートを楽しんでいたが、そこへごうと吹いた強い風が二人を闘争へと駆り立てた。
「美人でスポーツ万能で勉強もできて。お姉ちゃんは完璧すぎるよ！　隣りを歩いてる私があんまりミジメじゃない！」
「いいのよ、蒼はそのままで。いつまでもお姉ちゃんが可愛がってあげる。お世話してあげる。あなたは何も気にしなくていいのよ」
「そんなのイヤだよはああああーーーっ！！」
　蒼の裂帛の気合が黄金色のオーラとなって全身を包み込み、大砲から放たれるがごとく突撃。一足飛びに間合いを詰め、姉へめがけジャブの連打、強烈なフックから足払いのコンビネーション、しかし紫は小さくジャンプし蹴りをかわすと大上段へ長い脚を振り上げかかと落とし、なんて美脚だろうと見とれながらも蒼は両手をクロスし受け止める。
「蒼。蒼はいつまでもそのままでいてくれたらいいの。私の可愛い妹だもの。たああーーー！！」
　姿を目で追うのが困難な程の凄まじいスピードで紫はダッシュ。強烈な膝が蒼の鳩尾を抉りかけるが寸でのところで手のひらを差しこみ受け止め、紫の浮いた片足を払い投げ飛ばす。紫はふわりと空中で姿勢を正し難なく着地した。
　バトル・エアーが稲妻のような俊敏や身のこなし、岩をも砕く剛力を授けたのだ。見よ、蒼の振り抜いた拳が頑強なはずのコンクリート壁へ蜘蛛の巣状のヒビを刻み込んだ。紫の手刀が段ボール細工を引き裂くかのように柱を両断した。風は寝子島中へ強く吹き荒び、気づけばシーサイドアウトレットのあちこちでも激闘が繰り広げられている。小学生男児は最新ゲームソフト購入の許諾を勝ち取るべく両親という巨大な敵へ無謀な戦いを挑み、寝子高生女子はショップ店員と極めて肉弾的な値段交渉へと臨んでいる。食品売り場などはまさしく戦場だ、お値打ち品などあろうものなら歴戦の英雄たる主婦たちが熾烈な奪い合いを演じ、そのバトルに伴う衝撃によって周囲にはキャベツが舞いキュウリが弾け飛び、こちらはダイコンを太刀と構えあちらはニンジン二刀流、両雄が一歩も譲らぬ激しい攻防を繰り広げるのだ。
　紫と蒼もまた地を蹴り宙を飛び拳を蹴りを放ち、幾度も交錯を繰り返しながらに駆け抜ける。いつしかアウトレットを飛び出し、シーサイドタウンの街並みを戦場に縦横無尽、たがいに一歩も譲らぬまま気迫と肉体をぶつけ合う。どちらかと言えばやや蒼が優勢だろうか。日頃やり込んでいる死にゲーやら格ゲーやらの腕前に反応速度がうまく働いているのかもしれない。
「！　あれはっ」
　三連打を繰り出しながら、紫が何かに目を留めた。
「なにっ、お姉ちゃんっ！？」
「いいこと考えたわ！！」
　身体能力に優れるも実戦経験（？）で劣る紫は、妹を出し抜くため一計を案じた。伊達に十六年もの間姉をやっているわけではない。わずかながらの力の差を埋めるため、紫が飛びこんでいったのは模型店だった。
　蒼も蒼で、聡い紫の妹だ。敬愛する姉の考えをすぐにも察したらしい。
「なるほど、そういうことね。いいわ、付き合ってあげるよ、お姉ちゃん！」
　蒼もまた待ち伏せているだろう紫の一手を警戒しつつ、模型店の扉をぶち破りながら入店した。

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