ずっとあなたといたいから｜リアクション

ずっとあなたといたいから

●そのときウォルターは
　隣室。
　テーブルの上に置いた黒バラの花束を見ながら、ウォルターは紅茶を飲んでいる。
　さきほど、部屋に来たメアリがいれてくれたのだ。
「……本当に、どうしたものかねえ」
　ひとり、ほうっと息を吐く。
　部屋の明かりが一瞬消えたのは、そのときだった。
「あれ？」と振り仰いだ直後、人の気配。
「君か」
「そーだよ、オレだよ」
　緑林透破が、仏頂面で立っていた。

「証明書、なんで名前書かねえんだよ」
「なんでって言われてもねえ」
「柚春が望んだのは『今』の証明だぞ。将来の誓いよりはずっと軽いだろ」
「本当にそう思う？　あの子の願いが軽いって」
　ウォルターは、黒バラの花束を掴み、透破に突きつけた。
「『永遠の愛』『ずっと一緒に』そう願っている子の『今』が、軽いわけない。『今』だけで、満足できるはずがないんだ」
「オレは比較の話をしたんだよっ！」
　透破がウォルターを睨みつける。
　彼は嘆息した。
「……幸せにしろよ。あいつを」
「そこに、僕の幸せは？」
　透破は目を見張った。
　柚春の幸せがウォルターの幸せじゃないのかと、それはイコールではないかと、明らかに非難が含まれた眼差しだ。
　そこに怒りが生まれるまでに、時間はかからなかった。
「おまっ、弄んだのか！？」
　振り上がるこぶし。しかしそれが打撃となる前に。
「違うよ」
　ウォルターは言った。
「本気には本気で答えなくちゃいけないでしょ。未来を望んでいる子が、今この瞬間の証明だけでいいって妥協してる。そんなこと言わせちゃいけなかった」
「だったら今も未来も丸ごと誓ってやれよ」
「それが難しいってことくらいわかるでしょ。稲積は大事な生徒だよ。今の僕にとっては、それ以上でもそれ以下でもいけない。僕の気持ちがどうとかじゃなくて、そうじゃなくちゃいけないんだよ」

　透破は舌打ちをした。
　ウォルターが言うことには事実しかない。
　透破だって、柚春の願いが『今』だけでないことは、知っているのだ。
「……だったら思わせぶりな態度やめろよ。お前絶対、柚春以外の生徒にもおんなじようにしてんだろ。無害ぶって有害な教師だな」
　怒り冷めやらず、下ろしたこぶしで、ウォルターの胸倉をつかむ。
　青い瞳を睨みつけ、最悪だ、と吐き捨てる透破に、ウォルターが顔を歪めた。
「……耳に痛いね。殴ってもいいけど、たぶんそれじゃなにも解決はしないよ」
「お前が気持ちを改めねえことにはな」
　透破はウォルターを、思い切り突き飛ばした。
「……けど、柚春はお前のことが好きなんだよな」
「……そうだね。伝わってるよ。気持ちは」
「お前が踏み出さねえだけでな！　このヘタレッ！」
　ウォルターは苦笑した。が、反論はない。
「ああもうっ！」
　透破が叫ぶ。
「のれんに腕押しだな。ったく、柚春もなんでこんな奴がいいんだか！　男見る目なさすぎじゃねえのっ！」
　黒バラの花弁が震えるほどの風を起こして、透破は消えた。

「……にぎやかだねえ、彼は、いつも」
　ため息をつき、ピアスに触れて、ウォルターは呟く。
「思わせぶりって言われても……悲しませたくなかったんだよねえ」
　ただちょっと、線引きを間違えた……気はする。
「世の中のすべては、いつか終わる。でも終わるまで終わらないから。考えすぎかもしれないけど、今日の続きが明日になるなら、迂闊なことはできないよ」