どこにも存在しない君だけの１３月を｜リアクション

どこにも存在しない君だけの１３月を

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「今日は寝子島、とても賑やかですね」
「そうだね。やっぱりイベントが開催されているからかな」
　綾辻綾花はその日、早川珪先生とともにデートを楽しんでいた。
　13月上旬の今日は大切な人に会いに行く日。
　だから……
「おはようございます」
「おはよう、綾辻さん」
「珪先生、――会いに来ました」
　そう……特別な日、綾花は大切な人――珪先生に会いに行った。
　これから二人で幸せな時間を過ごしたいと願って。

　今日は大切な人に会いに行く日。寝子島の各地でそれに纏わるイベントが開催されており、話題になっている。
「今日は大切な人に会いに行く日ですけど、珪さんにはいつも会いたくなるんです」
　綾花は勇気を振り絞って珪先生の手を取った。そして手を繋いで、賑わう通りを歩き出していく。
　高鳴る鼓動を感じたその時、綾花の胸がズキッと痛んだ。
「珪さんは特別で大切な人ですから」
　綾花は頬を赤らめつつ、珪先生に気付かれないようにそっと胸を押さえる。
「そういえば最近、不思議な流行り病が流行ってるみたいですね」
「そうみたいだね」
　綾花は不安そうに珪先生の横顔をちらりと見た。
「珪さんは大丈夫ですか？」
「いや、問題ないよ。いつも通りだ」
「良かったです」
　珪先生の言葉を受けて、綾花は安堵の表情を浮かべる。
（私は好きな人を思うと本当に胸が苦しくなる病にかかってます。好きな相手から愛の言葉を囁いてもらうと治るみたいです）
　先程から感じていた痛み。
　綾花はその痛みの理由に心当たりがあった。そして、その治療法も。

　好きな相手から愛の言葉を囁いてもらう。

　でも、そんなこと言えなくて……ただ悩むばかり。
　胸の息苦しさを誤魔化しながら、綾花は珪先生とのデートを堪能していく。
「あれは？」
　その道中で、珪先生はある光景を目撃する。
　それは胸を押さえて苦しそうにしている女性に対して、男性が愛の言葉を囁いている所だった。
　まるで……それが病の治療法だったように、女性の表情が和らいでいた。

（……っ）
　綾花は呼吸を整える。
　誤魔化してきたとはいえ、胸の痛みは容赦なく襲ってくる。
　このまま病気が進むと思うと不安はさらに加速するばかりだ。
　人目のない場所へと赴くと、綾花は珪先生に思い切って伝えようと決心する。
「流行り病？」
「珪さんにしか治せない病なんです」
　綾花は自分が罹っている病気のことを打ち明けた。
「ああ、あの病か」
　事情を聞いた珪先生は胸を押さえて苦しそうにしている綾花の様子を見て、先程の光景を思い出す。
「……っ」
　その時、綾花の身体がふらりと傾げた。
　珪先生を大切に想えば想うほど、胸がズキズキと痛んでくる。
　こんなにも膨らんでしまった『愛』が胸の中で弾けてしまいそうになって……。

「綾辻さん……！」

　痛みのあまり、思わず倒れそうになった綾花を支えて……そして、二人にしか聞こえないほどの小さな優しい声。
　そっと囁かれた愛の言葉は、とても温かくて、泣きたくなるほど気持ちがこもっていて。
　胸の痛みが消えていくと同時に、綾花の心を震わせる。
「さっきの言葉は嘘じゃないですよね？」
　綾花はぎゅっと抱き着いてそっと確認する。
　それに応える代わりに、珪先生はまるで耳朶をくすぐるように優しく微笑んだ。
「本心なら嬉しいです」
　綾花は珪先生の温かさに安堵する。
　同時に近くに感じる珪先生の瞳が自分を見ていることに胸が高鳴った。
　胸の痛みは治まったはずなのに、胸の鼓動は速まっていく。
（珪さん、大好きです……！）
　だから、これから先もずっとずっと大切な人と共に過ごせるように。
　このささやかな愛しい願いが叶うように、と綾花は想いを馳せた。

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