【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ｜リアクション

【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ

　◆スタートラインと、切り離せない過去

　椎井莉鳥は薬学部の合格者番号が書かれた掲示の前で、深く深く安堵の息をついた。
「あった……」
　0189。自分の番号が、書かれている。
　他大学の結果はもう出ていてそちらも合格だった。
　これで、選べる――いや、自分の中ではもう結論は出ている。
（都内の大学は学費はマタ大より二割安かったけれど……結局生活費などを加えるとマタ大より金がかかるのよね）
　つまり、そういうことだ。
　莉鳥はラグビー部員の胴上げを横目に、淡々と必要書類を受け取って帰途に着く。
　ねこでんに乗り、シーサイドタウン駅で降り、人気のない路地裏に差し掛かった時だった。
「にゃにゃっ！？」
　ころころころっと、足元にまんまるな白黒ブチの猫が文字通り転がってきた。しゃがみ込んで抱え上げると、しっぽが曲がって鉤になっているのが見えた。いや、おかしいのはそこじゃない。この猫、なぜかメモ帳と鉛筆を肉球で器用に掴んでいるのだ。
「どうしてこんなものを持っているの？」
　思わず疑問が口をついて出る。と、それを聞いた猫がアセアセとしゃべりだしたではないか！
「我輩、ジュケンセーってものを取材していたにゃ！」
「しゃべった……」
「キミの名前は知ってるにゃ！　莉鳥ちゃんにゃ！？」
「どうして……」
「吾輩、ネココーには時々取材に行くにゃ！　ガクセーサンの名前もいっぱい知ってるにゃ！　莉鳥ちゃん、いっぱい走ったり跳んだりしていたにゃ？　だから覚えてたにゃ！」
　莉鳥は面食らった。たしかに莉鳥は陸上部で走り高跳びの選手だった。しかしまさかそれを猫に知られているとは思いもしなかったのだ。
「それであなたは？」
「吾輩は、週刊かぎしっぽのねこねこ記者にゃ！」

　なんだかよくわからないまま、莉鳥はねこねこ記者の取材を受けた。
「……ええ、合格したわ。尤も、合格したからと言って安堵してもいられないの」
「なんでにゃ？」
「薬学部は６年。その間実験や実習など授業はハードで、薬剤師国家試験は難関と言われている。無事合格できるかどうかもわからないのよ」
「ヤクザイシコッカ……」
「お薬の専門家になる試験よ」
「ゴーカクしても勉強しなきゃいけないなんて人間はたいへんにゃ。ゴーカクって楽しいのかにゃ？」
「どうかしら。……でも、スタートラインに立てたのはたしかよ」
　そう言葉にした途端、莉鳥の瞳から涙が零れた。
　元カレ、北里雅樹のことが思い出されたからだ。
　興味のあることは夢中でやるくせに、興味のないことは見向きもしなかったあいつ。
　私を置いて先へ行ってしまったあいつ……彼はそう思ってはいないだろうけど……。
（どうして私、またあいつのこと考えてるの……いいかげん終わらせてよ……）
「にゃ？　莉鳥ちゃんゴーカクして嬉し泣きにゃ？」
「……」
　両手で顔を覆い項垂れる莉鳥をどうしていいかわからず、ねこねこ記者はおろおろするばかりであった。