【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ｜リアクション

【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ

　◆ウォルター先生と柚春さん

　木天蓼大学の合格発表があったその日の放課後。
　企みまじりの笑みを浮かべて、いそいそと教室を出てきた稲積柚春は、突如ウォルター・Bに首根っこを掴まれて竦み上がった。
「え、どうしたのワット」
「ワットじゃありません。ウォルター先生」
　柚春がよくやるように名前の言い直しをするよう言われて、柚春は仕方なく呼び直す。
「ウォルター先生。どうしたの？」
「ちょっと。進路指導室に来なさい」
　え、え、どういうこと？　今日は予定があるんだけど！　と思ったが、その予定もウォルターに関することなので、目の前にいるウォルターを無碍にするわけにもいかない。完全に先生顔したウォルターについていくと、ウォルターは無人の進路指導室に柚春と入って、後ろ手にカギを閉めてしまった。
（なにこれ。ワットってば、まさかこんなところで）
　などと甘い妄想をたくましくした柚春だったが、ウォルターはやれやれとため息をついてみせた。
「メアリの様子がおかしいから問いただしたんだよ。僕のことを気遣ってくれるのはありがたいけれどねぇ」
　ウォルターはぐい、と顔を寄せてくる。
　……ドキドキして、話が頭に入らなくなりそうだ。
「僕といないときにまで僕の家でいろいろするのは、あまり賛同できないかなぁ？」
　あ。と、思った。
　柚春は、合格発表のこの日のために――受験生担任で疲れているだろうウォルターを労おうと思って、ウォルターのいないうちに彼の家に行き、至れり尽くせりのサプライズを考えていたのだ。しかし少々アイデアが行き過ぎていたらしい。
「悪く思わないでおくれよ？　いつもアクセル全開なところは嫌いじゃないけれどね、だからこそ僕の方からブレーキ踏んどかないと危ないなって思うことが、ときどきあるんだよねぇ」
　小言はここまで、とウォルターは少し笑う。
「それに今日は遅くなりそうでねぇ。合格した子はいいけど、そうじゃなかった子のフォローがあるからねぇ」
　もちろんこれでへこたれる柚春ではなかった。
「だったら！」

　数時間後、ほとんどの学生は下校して校庭もすっかり暗くなったころ。
　柚春は立派な重箱を持って、職員室のウォルターのもとを訪れていた。
　重箱の中身は――

～お品書き～
　精神的な疲労回復を促す緑黄色野菜の温サラダ
　疲れがとれる鳥の胸肉のしっとり水晶鶏（元気になる薬味ソースを添えて）
　脳疲労に最適、ドライプルーンとドライ棗、蜂蜜入りのパウンドケーキ

　いずれも今日のため、ウォルターのために、心を込めて作った品々である。
「メアリさんからのお届け物です」
　残業をしている他の先生の手前、柚春はそんな方便を使った。メアリさん、いつも方便に使ってごめん！
　どうぞ食べてきて、と他の先生が言うので、ウォルターと柚春は職員室を退室。
　どこで食べるか迷った挙句、無人の空き教室へやってくる。
「さあ召し上がれ」
　柚春の心遣い溢れる品々にはじめは面食らっていたウォルターも、料理に舌鼓を打ったあとはすっかりリラックスしたようだ。
「僕が余程疲れていると思ったんだねぇ、ありがとう」
「どういたしまして。食後すぐじゃない方が本当はいいんだけれど、マッサージもしてあげるよ」
　手ならいいでしょ、と柚春は畳みかける。
「僕は将来マッサージやアロマの道に進みたいと思ってるんだよ、だからこれは進路指導の一環。ね？」
　そこまで言われては、とウォルターは手を差し出す。
　今日は十分癒されてほしいと思った柚春は、香りの強すぎない爽やか系のアロマオイルを垂らして、ウォルターの手をマッサージした。
　彼の手はすべやかだ。柚春はその感触を楽しみながら、いろんなことを考えた。
（来年は僕が受験かぁ……それとも就職……ううん。未来かあ……)
　ウォルターの背中をマッサージする自分の姿が脳裏に浮かぶ。
（……それとも、もっと未来の進路のために……『お背中流しましょうか、旦那様』なーんて、ね！）
　夢が広がって真っ赤になった柚春を、ウォルターは不思議そうに眺めていた。