【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ｜リアクション

【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ

　◆寝子島アニメーション学院声優科、卒業公演

　２月下旬。
　横浜市内のとあるホールに、「寝子島アニメーション学院声優科卒業公演」のポスターが張り出されている。
　そのホールの楽屋には、この春声優科を卒業する学生たちに交じって、落合まゆらの姿もあった。

「声優ってマイクの前に立って声だけで演じてると思われてるけど、実は身体や表情など全身を使って表現しているのよね」
「そうそう。全身を使った芝居ができないと躍動感あるキャラを演じられない」
「それに今の声優は顔出しの役者の活動も求められるし」
　などと、楽屋に集ったまゆらたちは、衣装に着替えながら声優談議に花を咲かせる。
「だからこその舞台劇ね」
「芝居の基礎はいっしょ。頑張りましょう」
　まゆらたちは手を重ね合い、えいえいおーと気合を入れる。
　この卒業公演のあと、一般企業に就職する、あるいはバイトをしながら劇団に所属したり養成所に通うという仲間も少なくない。ともに学んだ仲間が揃って舞台に立つのは、これが最初で最後の機会になることだろう。

　観客席は程よく埋まっていた。ほとんどが生徒の家族や友人たちだったが、その分、反応は温かい。
　先のグループの公演が拍手で終わり、まゆらたちの舞台劇がはじまった。
　物語は、ある老舗のレストランを舞台にした短編コメディ。
　まゆらはミニスカートのメイド風ドレスとホワイトプリムをつけたウェイトレス役である。
　劇はまゆらのセリフから始まった。
『シェフ！　こうも閑古鳥が鳴いていては、店はおしまいです。先代が亡くなってから客足は遠のくばかり』
　舞台上には二代目シェフ役はじめ、数人のスタッフ役の子が登場し『困ったことだ』と言いあっている。
　と、そこに、やくざ風の男が入ってくる。
『そうさ、この店は終いさ！』
　動揺するスタッフたち。
『どういうことです？』
『先代のシェフは料理は出来たが世間知らずだったようだな。愚かにも知人の借金の連帯保証人になっていて、その知人がトンズラしやがった。俺は抵当に入ったこの店を押さえに来たってわけさ』
『な、な、なんだってー！』
　そこから店を存続させるために、スタッフ一同、借金返済のためのあの手この手の策を講ずるが……？　と面白おかしく話は展開していく。
　まゆら演じるウェイトレスは、給料が安いので辞めようと思っているのに何となく二代目が気になるので辞めるに辞められないという女の子だ。迷いあり葛藤ありなこの役は、同年代ということもあって感情移入しやすく、まゆらはこの役に思い切りのめり込んで演じた。
　いや、演じたというより憑依したという感覚の方が近い。
　我に返ったのは、観客席から湧き上がる大きな拍手があってからだ。
（あ……終わったんだ……）
　まゆらは万感の思いを込めて、観客席へお辞儀をした。

　まゆらは、四月から準大手声優事務所に所属することが決まっている。
　ともに舞台に立った仲間たちはみな道が分かれていくけれど、だからこそ忘れないだろう。
　今日という日のことを。