【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ｜リアクション

【進路・合格発表】寝子島に、サクラ咲くころ

　◆麻猫大の合格発表

　木天蓼大学の合格発表とはまた別の日のことである。
　その朝、御巫時子は一歩入ると日本家屋な星ヶ丘寮の自室を、緊張した面持ちで出発した。
　一緒に暮らしている雷鶏さんとヨタカさんが、心配そうな瞳で時子を見送っている。
　時子が向かう先は本土、獣医学部のある私立大学・麻猫大学だ。

（近づくほどに緊張してきますね……）
　電車を乗り継ぎながら、時子は自分の手が冷たくなっているのを感じる。
　こんなに緊張したのはいつぶりだろう。受験の当日よりも緊張しているかもしれない。
　会場に付き、多くの受験者と混じって発表のときを待つ間も、時子の緊張はほぐれなかった。
（ドキドキして手が震えてきました……）
　合格者の番号が掲示される。
　近くで番号を確認しようとする周りの人に押されて弾きださた時子は、ひと息分、深呼吸をした。
「落ち着いて、確認しましょう……」
　人混みの後方に回って、時子はゆっくりと番号を確認していく。
　そうして……。
「ありました……本当に良かったです……」
　緊張の震えは、安堵と喜びの震えに変わった。嬉し涙が零れ落ちる。

「獣医を目指していますが、教養課程は麻猫大学と木天蓼大学で単位互換制度があるようで」
　放課後、寝子高に立ち寄って五十嵐尚輝先生に報告に来た時子は晴れやかな顔でそう説明した。
「一、二年の間は木天蓼大にも通うことができるみたいなんです」
　これは時子にとって嬉しいメリットであった。
「尚輝先生の通った木天蓼大学に私も通えるんですね」
「おめでとうございます」
　いつもどおりの寝ぐせ頭、いつもどおりのよれた白衣な尚輝は、ぼさぼさの前髪の下で微笑んでいる。
「はい。獣医への第一歩です」
　時子は笑って立ち上がった。
「コーヒー、淹れますね」
　三年間、尚輝とたくさんの時間を過ごした実験室。勝手はよく分かっている。
　時子は迷いもせずビーカーにコーヒーを淹れ、尚輝に差し出した。
「御巫さんはすっかりビーカーコーヒーに慣れてしまいましたね」
「あっ、そうですね。今では当たり前になってしまいました……けれど、こうしてここに来るのもあとわずか。寂しいですね」
　どこかしんみりとした空気が漂い、尚輝も時子もコーヒーを啜る。
「ここでずいぶん、御巫さんのお弁当をご馳走になりましたね」
「ふふっ、はい……。そういえば、尚輝先生は朝いつ頃アパートを出られるんですか？」
「朝のホームルームに遅刻しないぐらいには出ますけれど……どうしてそんなことを聞くんですか？」
「作れるときはお弁当を作りたいからです」
　時子はそう告げた。
　お昼は一緒に食べられないでしょうから、夕食を一緒に食べられる時があったら嬉しい。
　できればデートも、と尚輝を見つめる時子に、尚輝はふわりと笑った。
「先のことは約束しないでおきましょう。けれど気持ちは嬉しいですよ」