春のような日｜リアクション

春のような日

4．バタフライエフェクト

　桜井ラッセルには、密かな楽しみがあった。
　寝子島街道の大通りから外れた細い横道、そこに最近新しくテイクアウトの肉まん屋ができたのだ。人が多く通る道ではないためまだそこまで多くの人に知られておらず、なのに味は絶品。いわゆる穴場スポットだった。
　少し前に偶然その店を見つけたラッセルは、近くへ来る度にそこで肉まんを1つ買って食べ歩きするのがマイブームになっていた。

　今日もまた、ラッセルはお気に入りの一品が入った袋を指にぶら下げ歩いている。
「並ばずに買えるのは嬉しいんだけど、なーんかもったいないっていうか……もっと色んな人に知ってもらいたいっていうか」
　あれだけおいしいお店なら長く続いてほしいし、みんなにも新しい名店を知ってほしい。
「なにかこう、きっかけがあれば一気にブレイクしそうな気はするんだよなー」
　妙案がないか頭を働かせる。が、手元から香るジューシーな匂いに思考がどうしても遮られてしまう。
「……食べてから考えるか、一旦」
　せっかくの熱々も冷めてしまうし。
　今日が比較的暖かい日とはいえ、2月の空の下では湯気の立つ肉まんが食べたいのだ。
　ラッセルは袋から肉まんを取りだ……そうとしたその時。
「えっ！？」
　突然空から急降下してきた鳩が、肉まんの入った袋ごとくちばしでくわえて飛び去ってしまった。
　一瞬何が起こったか把握できず呆けていたラッセルだったが、すぐさま我に返ると小さくなっていく鳩に声を投げかけた。
「俺の肉まんっ！！」
　言うと同時、ラッセルは鍵を握りしめろっこんを発動。瞬時に人からカナリアへと姿を変えた。
　ただのカナリアではない。人としての英知、そして食べ物の恨みが詰まったハイパーカナリアだ。
　その飛行速度は鳩が思わず振り返ってぎょっと驚くほどに速く、たちまちラッセルは盗人に追いついた。
　（以下本来は鳥語で会話していますが便宜上翻訳された状態で表現しています）
「ちょっ、ちょっと待てって！」
「！！」
　まさか鳩も人が鳥に変身して追いかけてくるとは思わなかったのだろう、鳩なりに目をまん丸くして声にならない声をあげた。
「それ、返してくんないかな」
　追いかけてくるどころか信じられないスピードで追いつき、さらに鳥の言葉で話しかけてくる目の前の生き物に鳩はすっかり混乱していた。
　その様子を察したラッセルは、一旦鳩を落ち着かせることに。
「あー……そうだよな急にこうなったらびっくりするよな。わかった、よし、一旦落ち着こう」
　羽をゆっくりと伸ばし、敵意がないことをアピールする。
「危害を加えたいわけじゃないんだ。まず話し合おっか」
　こくこく、と鳩が頷いた。ような気がした。
「まず、どうして肉まんを取っていったのか聞かせてくれるか？」
　ラッセルが話を促すが、鳩は語らない。
　語れば、そのくちばしから肉まんが落ちてしまうからだ。
「あ、そっか」
　気付いたラッセルが、近くの木へと誘い出す。枝のところに肉まんの入った袋を置くと、鳩がようやく口を開いた。
　彼が言うには、子どもがお腹を空かせているのだがこのあたりは他のボス鳩がナワバリにしていて、主要な餌場はだいたい仕切られてしまっているそうだ。
　やむを得ず、空を飛びながら下を通る人間の食べ物を頂戴していたとのこと。
「……なーんか、鳩の世界も大変なんだな」
　一通り話を聞いたラッセルはもう、肉まんを取り返す気持ちがなくなっていた。
「それさ、やるよ。でもあんまり人に迷惑はかけんなよな？」
　さっきよりも大きく、鳩が頷いた。
　きっと新しい餌場を探すか、あるいはボス鳩との対決に挑むのだろうか。いずれにせよ、お腹を空かせた子どもが無事生き延びたらいいなと思う。

　話し合いを終え、肉まんを贈呈したラッセルは鳩と別れ、人の姿へと戻った。
「んーどうすっかな、とりあえずお腹空いたし、もう1回買いに行くか」
　幼い命も助かって、お店の売り上げにも貢献できて、悪いことばかりじゃないだろう。

　ちなみにその後、鳥界で肉まんがおいしいと話題になり、鳥づてに広がった口コミがオウム越しに人にも伝わり、数ヶ月後肉まん屋にプチブームが訪れることを、この時のラッセルはまだ知らない。

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