春のような日｜リアクション

春のような日

2．次の季節のこと

「春と言えば？」
　隣を歩く稲積柚春の問いかけに、ウォルター・Bは考えるそぶりを見せた。
　2月。体を冷やす風に吹かれながらふたりは休日のシーサイドタウンを歩いている。春服を買いに来た柚春は街で偶然ウォルターと出会い、そのまま流れで一緒に買い物をすることになったのだ。
「そう、ワットはどんなイメージを持ってるのかなって」
　彼の口から出たイメージを、これから買う春服の参考にするのもいいかな。そんなかわいい企みを察したのかどうかはわからないが、ウォルターはこう答えた。
「稲積には、割と春のイメージがあるかもねぇ」
「え？」
「ほら、名前にも入っているし？」
「……でも、今名字の方で呼んだでしょ」
「そうだったかな？」
「あー、またとぼけた」
　こんなちょっとした軽口の応酬すら、柚春は心地よくて。
「柚春は？　どんなイメージを持ってるの？」
「……っ」
　不意に名前を呼んでくる、こんな意地悪なところも愛おしくて。柚春は赤らめた顔をごまかすように空を見上げて言った。
「出会い、とか別れかな。ベタかもしれないけど」
「そうだねぇ。新しく始まることも多ければ、終わりを迎えるものも多いだろうし」
　もちろんそれは柚春とて例外ではない。3年生になれば進路を本格的に決めなければいけないし、あと1年とちょっとすれば違う環境に身を置いている自分がいる。
　その時今日みたいに彼が隣にいてくれたらいいな、なんてことは言わないけど、柚春はちらりとウォルターの方を見た。
　自然と頭に浮かぶのは、この冬までに彼と過ごした日々。

　時には笑ってしまうような、時には泣いてしまうような思い出が溢れそうなほどにある。
　大好きな人と一緒に迎える春は、どんな気持ちだろう？
　柚春は想像してみる。
　一緒にお花見なんて楽しそう。少し離れたところへピクニックもいいかもしれない。でも子どもっぽいと、笑われてしまうかな。
「ふふ」
「ん？　なにかおかしなことでも言ったかなぁ」
　ううん。想像力豊かな自分に笑ってしまっただけ。柚春は首を横に振って、感慨深そうに言った。
「僕ね、今までそんな風にめまぐるしく始まりと終わりを繰り返すことが多かったから」
　転勤族の娘であり、転校も多かった柚春にはそれが日常だった。
　でも、寝子高に来てからそれは変わった。同じ場所にここまで長く留まったのは初めてだった。
「同じ場所にいても、それが新鮮だなって思ったらおかしくて」
　留まり続けたからこそ繋がりが深くなるものもある。柚春は身をもって、それを体感していた。だからこそ、これまでを思い返してこれからを想像することもできたのだ。
「ねえワット」
「ん？　なんだい柚春」
「ワットの春服も見ようよ、選んであげる」
「へえ、それは楽しみだねえ」
　今まではあまりなかったこと。
　次の季節のために、好きな人となにかをすること。
「どんなのがいいかな」
「びしっと決まるような、かっこいいのがいいねえ」
　風がもう一度吹いた。
　同じ北風でも、今度は僅かに春をはらんでいるような気がした。

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