義を見てせざるは勇なきなり？｜リアクション

義を見てせざるは勇なきなり？

◆
　紫苑が立てた音に、青龍刀と毒入り瓶は足を止めた。しかしマシンガンの身振りを見ると、やはりそのままタルトの方へ向かってくる。
「これはちょっとまずいかも！？」
　紙袋を抱えて一時撤退しようとしたタルトは、いつもより身体が軽いことに気付く。
　憶病になった代わりに、身軽さはいつもより上がっているようだ。
「よいしょっ！」
　本物の猫さながらの身軽さで、室外機やら壁の配管やらを足がかりにトントン拍子で街灯の上へ。こうなると青龍刀は手が出せず、ならばと毒入り瓶が得物を振りかぶる。
「そこッ！」
　蛇の呼気を思わす鋭さで、獅子の咆哮を思わす力強さで、睨む蛇盾を構えた志桜里の突進が毒瓶の黒服を吹き飛ばした。
　青龍刀の反応は速い。盾の側面に回りこむ踏み込みから軸足を使って旋転、刃を振りかぶる。
「疾ッ！」
　杭打ちのような踏み締めで踏みとどまった志桜里は、盾自体の重さを利用した動きで旋回した。
　遠心力を乗せた斬撃を盾が受け止め、重く硬質な金属音が激しく轟く。
　青龍刀と盾の打ち合いの間に、毒入り瓶が体勢を立て直す。
　次の瞬間、毒瓶の視界を埋めたのは武道の防弾盾だった。
「暴！　力！　はんたぁぁぁいッ！」
　見様見真似のシールドバッシュを武道がぶちかませば、毒入り瓶はまたしても地面を転がる。
　今度こそ起き上がろうとした矢先に、タルトが薄い本を投げ込んだ。綺麗に開いて顔に覆いかぶさったマンガに、毒入り瓶は困惑。起き上がる動きがわずかに遅れる。
　
（この調子なら、なんとか）
　莉鳥がひたすらに繰り出すトンファーを、日本刀は鞘を使った受けで弾き続ける。電流を警戒してだろうか、敵は守りを重視しているようだ。
　このぶんなら、武器格闘の心得などない莉鳥でもなんとか相手をでき、
「っ！？」
　踏み出した足が、硬くて重い何かを蹴とばした。それは、地面に転がっていた毒瓶の頭だった。
　日本刀の黒服へ意識を集中させていた莉鳥は、足下のソレに気付けなかったのだ。
　毒瓶が不意の蹴りで昏倒する代わりに、慮外の感触に莉鳥の意識が一瞬逸れる。
　その隙を、日本刀は逃さなかった。

「あぶな……！」
　街灯の上のタルトからは、その様子がよく見えていた。
　日本刀の注意を引こうと薄い本を振りかぶるが、マシンガンの銃口に気づいて慌てて店舗の屋上へ跳び移る。
　一拍遅れて響いたマシンガンの音に、背筋と尻尾の毛が波打つように逆立った。
　その間にも、日本刀が莉鳥の胸元へ迫る。
　守りに構えたトンファーは鞘に弾かれ、切っ先を阻むものはない。なんとか身をひねって回避しようと、
「させないじゃん！」
　横面から、シールドを真っすぐに構えた武道が突っ込んだ。わざわざ大きな声をあげたのは、注意を自分へ引き付けるためだ。
　刀の切っ先が一瞬迷うようにぶれて、逆手の鞘がシールドへ向く。
「この……っ！」
　莉鳥はトンファーをより強く握りしめ、刀身の腹を殴りつけた。切っ先のブレる間が、鞘が武道を狙う隙が、その動きを取る余裕をもたらした。
　刀身を殴りつけられた衝撃で、黒服の姿勢が崩れる。ただでさえ防弾防刃素材の盾は、そんな状態の鞘殴りでは小揺るぎもしなかった。
　むしろ鞘を持つ手が痺れたのか、黒服は鞘を取り落として後退する。
「ありがと、助かったわ」
「俺が瓶のやつ、こっちに吹っ飛ばしちゃったせいだし！　むしろごめんね！」
　あと、と武道はバリスティックシールドを置いて、爽やかに笑った。
「これ、よかったら使って！　邪魔なら立てて置いといて☆」
「はっ？　えっ、ちょっと待っ……！」
　困惑する莉鳥の返事も聞かないまま、身軽になった武道は駆け出した。

このページにイラストを設定する