【ちゅるちゅるちゅっちゅ】

　チョコあん、完成！　この時点でもうだいぶおいしそうですけれど、これ以上つまみぐいをするとぱくぱくぱく、最後まで食べてしまいそうなのでちょいと自制するとしまして。
「さあ、いよいよですよーウォルターさん。生地を焼いて、あんこを包んでいきます」
「期待が高まるねぇ」
　ほんのり褐色を帯びた生地を熱したフライパンへ広げ、じゅうと焼いていきます。
「おー、この香ばしいかおり。メアリの焼いてくれたクランペットを思い出すよぉ」
「くらんぺっと？」
「イギリスの伝統的な焼き菓子だよ。どら焼きと違って甘みはないんだけどね。スイーツとしても食事としても食べられるんだよ」
「へえ、ちょっと食べてみたいですねー」
　和菓子に洋菓子中華菓子、いろんなものを、彼といっしょに味わえたら。きっと素敵で楽しいことでしょう。おいしいものを食べてにんまりご満悦な彼の顔をながめて、七瀬自身もスイーツをひとくち、ぱくり。考えただけでしあわせです。
　なんて想像している間にも生地にぷつぷつと気泡があらわれはじめたので、裏返してさっと焼けばできあがり。必要なぶんだけ焼いていきます。
「うん、きれいに焼けたとです！　それじゃ、あんを生地ではさんでいきましょうか。ウォルターさん、好きなだけはさんでいいですよ」
「いいのかい？　好きなだけなんて言っちゃって」
　うきうきと生地を手にとり、チョコ風味のあんこをたっぷり。もっちり生地ではさんだら、もうどこからどう見てもどら焼きです。有名和菓子店なにがしにも見劣りしない、ベストな出来ばえです。
　生地にぺたんとあんを入れていく間、ちょっとしたおしゃべりも弾みました。
「そういえば倉前、大学生活はどうだい？　ちゃんと勉強してるかい」
「もちろん、してますよ。順調ですとも」
「へえ、本当かなぁ？　友だちとか女の子と遊び回ってたりしないかい。飲み会とか合コンとかあるでしょ」
「僕、まだ１９ですよ。やけん飲みとかないです。合コンも、興味ないし……」
　興味があるのは目下、目の前のあなたですから。と、口には出しませんけれど。そんな感情も込めつつじっとり見返すと、彼はけらけらと笑います。
「ははは、冗談だよぉ。倉前はマジメだからねぇ。もーちょいと、堅さが取れるといいんだけどねぇ……それこそお酒でも飲んでさぁ、あ、ハタチになったらね」
「じゃ、僕、ウォルターさんと飲みたいです」
「いいね。あと一年か、待ってるよぉ」
　お酒のおいしさ味わいなんてまだ分かりませんけれど、彼とグラスをかかげてちりんと乾杯、オトナのサシ飲み……なんて、とっても素敵じゃあありませんか。楽しみじゃあありませんか。その時を待ち遠しく思います。
「そういえば倉前は、司書教諭を目指しているんだっけ。そのための勉強を頑張ってるってわけだね」
「はいー。やっぱり本が、というか活字が好きなので。活字にかこまれて生活できるって、いいですよねー」
　ほわーっとそんな暮らしを想像していたら、ウォルターさんはくすりと笑って七瀬の頭へぽんっと手のひらを乗せました。あったかくて、ほわほわー。
「倉前が好きなことを仕事にして、しあわせに暮らしていけるならそれでいいと思うよぉ」
「はい！　そうなれるように、がんばりますよー」
「応援してるよ。司書教諭といえば、寝子島高校の早川 珪先生は覚えてるよね？　彼はすーっごい頼りになるから、なにかあったら寝子高に来て聞いてみるといいよぉ。もちろん、僕もいるしねぇ」
「それはありがたいですねー。たまに顔を出してみようかな？」
「ＯＢＯＧの訪問は、いつでも大歓迎さぁ」
　といったところで、キッチンのトレイにはいくつものどら焼きが。これにて完成！
　……ではなくて。
「ん、まだなにか工程があるのかい？」
「はいー。一番大事な、最後の仕上げが残ってます」
　すちゃっ、と取り出したのは先ほど製菓材料のお店で買い揃えた、チョコペンでした。
「お絵描きしましょう！」
　こんがり焼けたどら焼きの表面へ、思い思いの図柄なり模様なりを描き加えれば、それはレシピを越えた唯一無二のどら焼きへと昇華を果たすことでしょう。なんていうとまーすこうし大ゲサですけれど、心をこめて描いたなら、そのぶん想いもこもることでしょう。
「なるほど、いいね。描こう描こう」
　そういっていそいそとチョコペンを走らせるウォルターさん。迷いなくちゅるちゅるちゅちゅっとラインを引くと、どら焼きに現れたのは……ええと。これは、なんと形容したものか。もふっとしていて、へにょっとしていて……ああ！　これはもしかして、
「ライオン、ですか？　あのときに描いた」
「そうそう。獅子の凛々しさってやつがさぁ、うまく表現できたかなって」
「え、はい。うん……そうですね？」
　語尾は疑問形になってしまいましたけれど、七瀬はウォルターの描く絵が好きです。ほかならぬ彼が描いたものだというのを差し置いても、なんともいえず味があり、巧拙を越えた魅力を感じてなりません。この、こう……もにょっとして、ぐみっとして、へもっとしたところとか！
「倉前はなにを描いたんだい？　どれどれ」
「うちのは、これですよー」
　チョコペンちゅるちゅるちゅっちゅ、七瀬がかろやかに描き出したものは、
「これは……僕かなぁ？」
「はい、ウォルターさんですよー」
「となると、こっちは倉前だねぇ」
　チョコの似顔絵は思いのほかよい出来ばえ。特徴がちゃあんととらられていて、ばっちりです。
　ふたりでちゅるちゅるお絵描きしたら、今度こそ！
「チョコどらやきの、完成です！」
「ぱちぱちぱち」