肉体を抜け出し、夜の世界へ｜リアクション

肉体を抜け出し、夜の世界へ

　深夜の時間に入ると桜花寮の窓の明かりは数を減らし、あと僅かとなった。
　その一室、響タルトはスタンドの明かりを頼りに薄い本のネームを考えていた。同室の者は光に背中を向けた姿で寝息を立てている。
　――小ネタは浮かぶんだけど。まあ、今日はここまでかな。
　苦笑いの中、明かりを消した。二段ベッドにすごすごと潜り込み、潔く目を閉じた。
　――やっぱり最初の切り口が大事なんだよ。ここが上手くいったら、あとは流れるような展開で話が進むと思う。まずは学生と社会人の出会いのシーンだよね。
　寝る体勢に入りながら一心に考える。個々のアイデアを煮詰めて、その先にあるぼんやりした答えへ真摯に向き合う。
　――そうだよ、これならいける！
　タルトは勢いよく起き上がった。身体はふわりと浮いて、あれ？　と心情が漏れた。
　ゆっくりと宙で回りながらベッドを見た。目を閉じている自分の姿に、あれれ？　と首を傾げた。
　上手く足から下りてベッドの自分を覗き込む。微かな呼吸音が聞こえて、なるほどね、と納得してにこやかに笑う。
　――生霊になったみたいだね。これはこれで面白いし、もっと良いネタが浮かぶかも。
　うきうきした表情でタルトは窓に手を伸ばす。何の抵抗もなく通り抜けた。
　――この状態ならどこでも行ける。最高のネタ探しになるよね。
　タルトは笑顔で窓を突き抜けた。

　夜への第一歩は大きな跳躍になった。タルトは上空から島全体を見渡した。
　――シーサイドタウンが明るいね。いっぱい人がいたら、それだけドラマもありそう。でも、民家も気になる。どういう人が、あの明かりの中にいて、何をしているのかな。
　タルトは行き先を絞れず、緩やかに高度を下げる。
　その視界に信彦が入り込む。同じように宙を浮き、どこかに向かっているようだった。
　――あれってチャラ彦くんだよね？
　タルトは頭を下に向けた。バタ足のような動きで近づいていく。
「こんばんはー」
「え、タルトちゃんも！？　生前はあんなに元気だったのに……」
「僕って死んでたの？」
「そりゃ、もう、これ以上はないってくらいに立派な浮遊霊だよ」
　目頭を揉みながら力説する信彦にタルトはニヤリと笑う。
　――チャラ彦くんは信じ切っているみたいだから、それに乗っかってみたらおもしろいことになりそうだね。
　タルトは項垂れ、目尻を指先で拭う。
「チャラ彦くんのおかげで、ぼんやりだけど思い出したよ。僕は夜中に薄い本のネームを考えていたんだ。その時、閃いた内容にリアル萌え死になっちゃったみたい」
「タルトちゃんらしい最期だったんだね。俺と一緒にお世話になった人達へ挨拶巡りをしよう」
「うんうん、いいね。それでどこに行くの？」
　沈鬱な表情は微塵もない。興味が勝り、タルトは満面の笑みで聞いた。
「ウォルターセンセーだよ」
「えっ、先生の家にいくの？」
「もちろんさ。英語が苦手な俺は、授業中、よく睡眠学習に励んでいたんだ。それをチョークという白い魔弾で起こしてくれた。根気よく続けてくれたおかげで眠気がくると過去の痛みを思い出してビクッとなって眠らなくなった。感謝しかないね」
「……それってトラウマのような」
　タルトの呟きは耳に入らず、信彦は星ヶ丘の方面を指さした。
「いざ行かん！」
「ワクワクしちゃうな♪」
　対照的な二人はゆっくりと降下していった。

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