肉体を抜け出し、夜の世界へ｜リアクション

肉体を抜け出し、夜の世界へ

　八十八旗信彦は自室に籠る。大学受験に備えて過去に出題された問題を解いていく。日付が変わったことに気付かず、解答欄に答えを書き込む。
　一時間後、信彦は呆然とした様子で立ち尽くす。机に突っ伏した自分の姿を真横に立ち、ぼんやりと眺める。
　手で触れようとしたが、すり抜けた。何度、試しても同じ。厳しい現実を目の当たりにして身体が震え始めた。
　――ちょ、これ、どーすんの！？　マジでお亡くなりチーンなんだけどっ！　早く救急車を呼ばないと蘇生できねーって！
　机上にあったスマートフォンが握れない。ドアノブも回せない。苛立った信彦は体当たりの要領でドアを突き抜け、各部屋を巡った。
　――ダメだ。俺の声が届かない。せめて遺言を、それも無理か。シャーペンが握れないし。
　信彦は廊下に突っ立ち、やや顔を上げた姿で薄笑いを浮かべた。
　――大学に合格したら、彼女にプロポーズして、その流れで甘い同棲生活を送りながら人生プランを立てる予定が、全てパーだ。終わってみると人生って呆気ないものなんだな。
　気が抜けた状態で歩き、正面の壁を通り抜けて外へ出た。
　――今日は満月っぽいな。
　月に向かって跳んでみる。
　重力に反して身体は急上昇。寝子島が一望できる高さに一瞬で到達した。
　――これが幽霊ってもんか。すげーな。
　目を地上に向ける。ギラギラとしたネオンから外れたところに弱い光が点在した。目を細めると一戸建てやマンションから漏れた明かりだった。
　信彦は力なく笑う。
　――自己満だけど、お世話になった人達に挨拶だけでもしようかな。
　緩やかに落ちていく身体で静かに気持ちは固まった。

このページにイラストを設定する