小さな幸せのアイスクリーム屋さん｜リアクション

小さな幸せのアイスクリーム屋さん

　鴻上彰尋がそのキッチンカーに出会ったのは、寝子高の屋上に行く途中の階段の踊り場だった。
　学校も自由登校になったから、最後に校内の隅々まで見ておこうとあちこち歩き回っていたときに、発見したのだが……。
「えっ、なんでここにこんなものが？　ここまで来るの階段だし、踊り場のサイズからちょっとはみ出てるし、えっ！？」
　彰尋は、きつきつの壁に張りつくようにして、キッチンカーに近づいた。
　と、カウンターの向こうから、白熊がひょっこり顔を出す。
「アイス食べる？　冷え冷えあまあまでおいしいよ」
「おいしいよ」
「おいしいよ」
　白熊に続いて、白ギツネとペンギンも現れて、ずずいっとメニューを出してきた。
（色んな味があるけど何が良いかな？　チョコは絶対に食べたいし他の味も食べたいからダブルで頼みたいな）
「えっと、コーンのダブルってできます？」
　とりあえず聞いてみると、3匹は「できるよぉ」と声をハモらせた。
「じゃあチョコと……うーん……定番のバニラも良さそうだし、キャラメルもいいな……」
「じゃあトリプルいっちゃう？」
　悩む彰尋に、ペンギンが問いかける。
　一瞬「それもいいかも」とは思ったが、何せ今は2月。3つ食べるのは寒すぎるだろう。
「やっぱり、今日はメルティチョコレートとキューティストロベリーで」
「オッケー！」
　3匹の声がまたハモり、すぐにアイスが渡される。
「どうぞ～」
「ありがとう」
　彰尋は支払いを済ませると、このキッチンカーはどうやって帰るのだろうと思いつつ、屋上への階段を登っていった。

「不思議な店員さん達だし、不思議なところで出会ったんだから、帰り方が不思議でもおかしくないし」
　本当は屋上で食べたかったが、ドアを開けたら風が勢いよく吹いていて、凍えそうだったので、ドアの手前で食べることにした。
　一口かじったメルティチョコは、口の中に入れた瞬間に、ねっとりとろとろ溶けていく。

「濃厚で美味しいな。これ、あおいさんと食べられたらよかったのに……」
　彰尋は思わずアイスを見つめた。
　今、3年生は自由通学だ。残念ながら、七夜あおいは今日、教室にはいなかった。
「今何してるんだろう、あおいさん」
　あおいが希望の専門学校に合格したのはめでたいが、卒業したら九州に行ってしまうと思うと、ちょっと、いやかなり、さみしかった。
　もそもそとチョコアイスを食べきって、今度はピンクのストロベリーをかじる。
「これは酸味と甘みがちょうどいいな」
　これもやっぱりあおいに食べさせてあげたい。
　そう思ったときだった。
「彰尋君もアイス買ったんだね」
「えっ……あおいさん！　今日通学してたんだ」
　彰尋は、コーンのチョコアイスを持って、微笑んでいるあおいを見上げた。
「図書館で、福祉関係の本を読んでたの。でも体を動かしたくなって、屋上に来てみたら、不思議なアイス屋さんがいて」
「ああ、白熊と白ギツネとペンギンの」
「そうそう。すっごいかわいかった！　さすが寝子島って思っちゃったわ」
　あおいは屈託なく笑って、彰尋の隣に腰を下ろした。
　肩が触れたのは偶然のはず。ただそんな小さな接触に、彰尋の心臓は跳ね上がる。
「あのキッチンカー、どうやってここまで来たのかしらね」
「それ、俺も不思議だったんだ」
　なにげない会話をする、あおいとの時間は、彰尋にとって、宝物のようだった。