小さな幸せのアイスクリーム屋さん｜リアクション

小さな幸せのアイスクリーム屋さん

　それを視認するより早く、八神修は、その存在に気づいていた。
　漂ってきた、甘い香りのせいである。

「うわあ、かわいいアイス屋さん！」
　カラフルなキッチンカーを見て、隣を歩く七夜あおいが、弾んだ声を上げた。
「ねえ、行ってみてもいい？　修君」
「もちろん」
　ツインテールを揺らして、あおいはキッチンカーに寄っていく。
　その笑顔はキラキラ輝いて、早い春がやって来たかのように温かい。
「美味しそうだ」
「どれにしようか迷っちゃうわ」
　カウンターに置いてあるメニューを見ていると、白熊店員がのっそり振り返った。
「いらっしゃい。ダブルもトリプルもできるからね」
「白熊氏、おすすめはどれかな？」
　修が聞く。
　と、ペンギン店員がぺしっ！　とカウンターを叩いた。
「うちのはぜーんぶおいしいんだから、ぜーんぶおすすめに決まってるでしょ！」
　その横で、白ギツネがひょいひょいと前足を振る。
「それにね、うちのは不思議な効果があるって噂が」
「不思議な効果？」
　それはいったいどういうことかと、修とあおいは、キツネの口元に耳を寄せた。
　コショコショと、内緒話のように伝えられたのは、食べるアイスによって起こるいろんな出来事。
「ただの噂ではあるんだけどね」
　キツネは言うが、当然気にはなる。
「寒いけど食べてみたくはあるなあ。どうする？」
「あとからあったかい飲み物飲めば平気じゃないかしら？」
「じゃあ、そこの駅の待合室で食べようか？　自販機があるから飲み物も買えるし」
「ええ、それがいいわ」
　修とあおいは相談して、アイスクリームを食べることに決めた。
　修としてはストロベリーが気になるが気になるところだ。
（果物、好きだしさ）
　ただ、大好きな人と距離が縮まるかも、という効果を聞いてから、あおいの前で選ぶことは、とってもとっても照れくさい。
　できればこの気持ちは隠したいところだが、それはきっと無理だろう。
　なにせもう、顔が熱くなっている。

「効果、聞かないほうがよかったかも」
「俺もちょっとそう思ってる。聞いたら気になっちゃうし。でもそれを知ってて食べるのは、なんかこう……なんか……」
　修は、頬がどんどん赤くなっているだろうことを自覚していた。
　それにつられたように、あおいの顔も、ピンク色に染まっている。
「どうする？　あおい」
「どうしようか？　修君」
　カウンターの前で互いを見つめ、もじもじメニューを見る二人。
　それを見守る、動物の店員たち。
「素直に選べばいいのに」
　ペンギンのため息は聞こえないふりで、修は「そうだ！」と声を上げた。
「目を閉じてメニュー表を指さして、そのアイスを貰おう。品物を持って、それから目を開けるのはどうだろう。どれも素敵な幸せだし、美味しそうだしさ」
　修の提案に、あおいはにっこり。
　聞いていた店員たちもにっこり。

　そして二人が手にしたアイスは。
「俺はコットンバニラだ」
「私もコットンバニラ！　お揃いだね！　……でも」
　破顔した後、あおいはしゅんと眉を下げた。
　どうしたのかと思えば、次に続いた言葉は。
「嫌なことがあってもハッピーとか、アイス食べなくてもそうだよね。修君と一緒にいるんだもの」
「あおい……」
　そんなふうに思っていてくれたのかと、修の心は温かくなる。
「俺も、あおいと居られるのが一番幸せだよ。ほかの嫌なことなんて、全部消えてしまうくらいに」
　そう言えば、あおいは「ふふふ」とはにかんだのだった。

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