ようこそ！　ホビーショップ『クラン＝G』へ！！｜リアクション

ようこそ！　ホビーショップ『クラン＝G』へ！！

　想花はTRPGのコーナーにいた。
　両手で箱を持っている。軽い箱ではなかった。重量の話ではない。中身に限ればむしろ軽い方だ。重いのは価格だ。
　ドイツ製ファンタジーTPRGの新作だった。すぐれた邦訳つきなので前から気になっていた。もちろんテーブルトークRPGなので人間がゲームマスターをすることが前提になっているものの、なんとスマホアプリをダウンロードすればAIがマスター役をつとめてくれるという画期的なシステムでも話題になっていた。日本語にも対応している。プレイヤーは協力しつつも互いに競うという要素もあって面白そうだ。
　安い買い物ではないが、前から購入を考えていたものなので決断する。セール対象品でもあるのだから迷う理由はない。
「よし、買おう」
「すごいね」紗櫻都が言った。「すぐ遊べるの？」
「まあ、場所があれば」
　だったら遊んでみようよと紗櫻都は言った。「このお店、遊ぶためのスペースもたくさん用意されてるんだよね」
　すでに紗櫻都は『クラン＝G』のことを把握したようである。
　すんなりとテーブルの予約が取れたので、時間になるまで店内の休憩ベンチにて、一緒にルールブックを読んで頭に情報を叩きこむ。
　あっという間に時間となり、想花とテーブルは向かい合ってテーブルに座った。スマホAIも準備完了、エルフの魔法戦士とホビットの盗賊に扮してサンプルシナリオに挑んだ。
　たちまち想花は舌を巻いた。
　正面に座っている相手が自分と同じ高校生の少女ではなく、ホビットの少年に見えるまでそれほど時間がかからなかったからだ。
「紗櫻都さん、本当に初めて、だよね？」
「うん。このゲームはもちろんだけど、TRPG？　こういうゲーム自体はじめて」
　なのに紗櫻都のなりきりぶりは驚愕に値した。少年らしい口調と行動、ホビット族特有の茶目っ気まで含めて巧みにプレイし、罠を解いてモンスターにトリックをしかけ、めざとく宝物を発見したのである。高いプレイングスキルだ。
　短いセッションだったので物語はすぐに終わった。ボスキャラ怪物を牢獄におびきよせ錠前をかけて終了、あざやかな結末となった。プレイヤー間の競争については特に計算するまでもないだろう。紗櫻都の勝利であることはまちがいなかった。
　勝ち負けなど関係ない。想花は恍惚となって親友を絶賛する。
「紗櫻都さん……すごすぎだよ？　ぼくなんて足元にも及ばないや」
「そんなことないよ。想花さんのエルフもカッコよかった。好きになっちゃいそう」
　参ったなぁ、想花は頭をかいた。
　ぼくだって、と言う。その先は言わずもがなだ。
「想花さん、ひとつお願いがあるんだけど」
　紗櫻都が改まったように言った。座り直して想花に告げる。真剣な表情だ。
　うん、と想花も思わず居住まいを正して唾を飲みこむ。
　なんだろう。まさかクレマンティーヌさんと何かあったとか……。
　ところが紗櫻都は破顔一笑して言ったのだ。
「私ね、mamanには『ロロ（Lolo）』って呼ばれてるんだ。Charlotteの愛称。人前ではmamanも『紗櫻都』って呼ぶけど本当はロロだよ。想花さんにもそう呼んでほしいな」
「いいの？」
「いつまでも『紗櫻都さん』じゃ呼びづらいでしょ？　お願い。『さん』も他人行儀だしつけなくていいから」
　その代わりね、と紗櫻都は身を乗り出し、秘密を打ち明けるように顔を想花の耳に寄せた。
「あなたのことも愛称で呼んでいい？」
　照れくさいのだろうか、紗櫻都の息づかいに熱を感じた。
「『想花』をもじって『ソフィ』とか、『花』から連想して『フローラ』とか。恥ずかしかったら単に『想花』の呼び捨てでもいいけど。どう？」
　君は誰？
　そうかこれって、彼女に問いかけられているんだ。
　誰？
　想花の返事は――。

　――『ようこそ！　ホビーショップ『クラン＝G』へ！！』　了

このページにイラストを設定する