【節分】寝子島節分祭、および、霊界殺武無祭｜リアクション

【節分】寝子島節分祭、および、霊界殺武無祭

　寝子島に其れを置く、木天蓼大学・寝子島キャンパス。
　その秋学期試験も終わりを告げた。これで本来ならば籍を置く大学生たちにとっては、この春休みは自由の身である。
　――そう、それが普通の大学生であるならば。
「まず、成績は……大丈夫だと思いたい」
　本日は一般的であれば晴れて楽園のような休日、のはずだ。なのに初瀬川理緒の表情は曇天の如く重たく、どんよりと音がしそうな勢いで顔を俯かせている。
　しかし授業中に数学の授業で居眠りをした過去も含め、苦手であった勉強は既に克服したのだ。そう思えば、ひとまずはと理緒は重々しくも小さく自分で頷いて見せる。
「うん。勉強だったら、もう理緒ちゃん大丈夫だよ。でも何だか……春休みって言われても実感がないかも」
　しかし、今優しく事実を告げながら、共に時間を過ごす佐和崎紗月の携帯からは、もう何度目かも分からない軽やかな通知音が鳴り響いた。

「またかー……」
　それを聞いた理緒は、ほぼ同時に自分の方の携帯にも鳴った通知に、胸中複雑極まりないため息をこぼす事しか出来ないでいた。
　二人は共に同棲して過ごす仲。お互いは、ほぼセットとして人気絶頂とも言えるモグラ――女性向けファッションモデルと男性向けグラビアの双方を、大学に向かう傍らで、もはや生業にも近い状況を仕事としている。
　今休み無く鳴っている通知は、二人への仕事の打診の連絡なのだ。
　基本、本来ならば非常に喜ばしい事ではある――何故ならば、二人は『社会に対して「宣伝PRでも何でもなく」心の底から愛を伝えあった、恋人同士』なのだ。
　それはある意味、有り体に言えば沈黙していれば通らずに済んだ、地獄のような茨道。
　それを、敢えて二人は堅く手を繋いで歩み続けてきた。
　誹謗もあった、謂われもない中傷もあふれんばかりに受けてきた。実際に心が病みかけた時もある。現状、今もそれらが消えた訳ではないだろう。
　だが、それでも二人は前へと進んできたのだ。
　そう考えれば、今鳴る通知は、社会にその自分たちの存在が認められているという証に他ならない。鳴り止まないその数は、いくら胸の内に誇っても足りないくらいの栄光と同数の輝きだ。
　とはいえ――

「恋人宣言やったので仕事激減を覚悟したけど、逆に仕事が増えるってどういうこと？　いやまあ、ありがたいけどさ」
「嬉しいけど……スケジュールがとんでもないことになっているよね……今日がお休みで良かった」
　現実として、その反響は大きかった。
　誹謗の数以上の栄光が連れてきた仕事は、二人に更なる輝きを与えたのだが――しかし、それらは非情にも大学生でもある二人から『休み』という概念を容赦なく削り取っては奪い去っていったのである。
　それは今日という休日に於いてすら例外ではない。先程から鳴り止まない通知のコールは、更にそれが過酷化するという地獄の呼び鈴でもあった――

「本当に……あ、そうだ！　休みで良かったと言えば確か今日」
　理緒がテーブルの上に伏せ置いていた携帯を持ち上げて、画面上で細く綺麗な指を滑らせる。
　そして「これこれ」と『寝子島！　節分祭で君も鬼歩き！』と大々的に強調された画面を表示させて紗月の方へと差し出した。
「鬼歩き……？」
「そうそうっ、寝子島を鬼のコスプレして驚かせたりおどけてみせたりしてさ。ストレス発散に丁度良くない？」
「で、でも明日仕事だし、きつく豆をぶつけられて跡が残ったら……」
「危なくなったら逃げればいいじゃん！　よし、じゃあさっそく行こう！」
「も、もう理緒ちゃん……！！」
　善は急げとばかりに立ち上がる理緒の目が生き生きと光り輝いている。こうなると止める方が難しいのは、紗月がとても良く知る所だ。
　――本日は確かに節分である。しかし、紗月がうっすらと考えていた『オフに、二人でゆっくりと豆まきしたいな』という願いは若干叶いそうにない……

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