九夜山雪まつり｜リアクション

九夜山雪まつり

「珪さんを誘って雪まつりにデートに行こうかな」
　綾辻綾花は、早川珪先生に声をかけました。
「キャンプ体験ができるんですって。でも日帰りなんですよ」
　卒業までは生徒以上恋人未満の関係ですが、泊まりでなければ問題ないはずです。
「日帰りならいいかな……」
「はい。楽しみですね」

　そして当日、二人は手をつないで雪山を散歩するのでした。
「足元、気をつけて」
　純白の世界に二人きりの気分、珪先生の気遣いが嬉しくて、綾花はうきうきしながら答えます。
「はい。珪さんも」

　そして日帰り冬キャン体験が始まりました。
「食事は任せてくださいね」
　食材の下準備は済ませてきていました。
「何を作るんだい？」
「カレー鍋です。珪さんも手伝ってくださいね」
　キャンプ道具を借りて、珪は薪を割り、綾花は火を起こしました。
「小枝や新聞紙も使うんですね」
「うちわで空気を送って火を大きくするんだ」
　寒くてなかなか火が大きくなりませんでしたが、風を送ってどうにか火が燃えだしました。
　材料と水を入れた鍋を火にかけ、しばし煮えるのを待ちます。
「灰汁が出てきたら掬ってもらえますか？」
「ああ」
　灰汁を取ったら、火が通るまで待って、硬さをみます。
「煮えてきましたね。カレーをいれましょう」　
　綾花がカレーを入れてかき混ぜると、鍋から香りが立ち上りました。
「カレーのいい香りです」
「食欲が湧いてくるね」
　ひと煮立ちさせて、カレー鍋の完成です。

「さあどうぞ。体の中から温まりましょう」
「いただきます」
「いただきます」
　そう言いつつも、綾花は珪の顔をじっと見つめます。
（珪さんの口に合うでしょうか。美味しくできたはずですけど）
　カレー鍋を食べた珪はにっこり微笑みました。
「とても美味しい。生き返るようだね」
「よかった……嬉しいです」
　美味しいという言葉に安堵し、綾花もカレー鍋をゆっくり味わうのでした。

　ガサガサッ。
　半分ほど食べたころ、突然、藪のほうから音がしました。
「えっ？」
　綾花は思わず珪の腕をぎゅっと抱きしめます。
「熊でしょうか？」
「……火のそばまでは来ないと思うけど」
「そうですよね……近寄ってこないとは思いますが怖いですね。もしかしてカレー鍋の香りに誘われて？」
「熊もカレーが好きなのかな」
　息を詰めて二人は音の聞こえるほうを見つめていました。

　どれくらいたったでしょう。
　ザッ、ザッ……
　やがて音は遠ざかっていき、聞こえなくなりました。
「もう大丈夫そうだ」
　藪を確認した珪が言い。
「よかったです……」
　綾花はほっとしつつ、ちょっと離れるのが残念だったりもしながら。
　二人は安心して、鍋の続きを食べ始めるのでした。

　冬キャンプ体験で支給されたテントを張り、二人は中で寄り添いながらきれいな星空を見ました。
「心も体も温かいです」
　寒いはずなのに不思議なことでした。
（好きな人とこうして過ごせるのが嬉しいです）
「卒業したら日帰りじゃなく泊まりたいですね」
「…………」
　答えの代わりに、珪の温かい手が肩に触れました。
「もっと一緒に居たいけど……帰らないといけないのは寂しいです」
　星は、そんな二人を静かに見つめているかのように輝いていました。