あなたのそばに、いけるかな？｜リアクション

あなたのそばに、いけるかな？

「部屋を探す上で、綾辻さんが譲れない条件って何かな？」
「そうですね……やっぱりペット可で、防犯対策もしっかりしているところで。予算はだいたい……」
　希望を挙げていく綾花は、しっかりと考えているように見える。これから自分が生活していく場所だ、適当に決めることもできないし、クロワという家族も一緒なのだから当たり前だろう。
　でも、例えばと彼女がフリーペーパーで提示してみせるのは、やっぱり珪のアパート近くの物件で。そうとは明確に言わなくても、もうひとつの譲れない条件が何であるかはわかってしまう。
（違うな。僕が後押ししたようなものか）
　寮を出て一人暮らしを始めると綾花から聞いた時。まだ子供っぽく危なっかしい面の残る彼女が心配で、顔に出てしまったのだろう。苦笑いをした彼女は、軽く提案するかのようにこう言った。

　――珪先生のアパートに近いところがいいかな、って。それなら安心ですよね？

　冗談半分。でも、どちらかというと半分よりは多めの本気。
　想いを預かっている立場の珪は、この一言を完全な冗談だと思ったわけではない。それなのに曖昧に頷き、綾花の判断を鈍らせる要因を作ってしまったことは自覚している。
「住むのは綾辻さんだから、僕の探し方が正解というわけでもないんだけど……」
　あくまで物件を決断するのは綾花である。良いか悪いか、好ましいか嫌かなどといった珪の感情で誘導していいものではない。
　冷静に大人としてアドバイスができるよう、綾花が広い視点で自分のための選択ができるように。
　珪はパラパラとフリーペーパーを捲りながら、まずは『先生』として授業を開始するように気を引き締めた。
「旧市街だと、外は古く見えるアパートでも内装は最新設備だったりするし、繁華街付近は家賃の高さが気になるかもしれないけど、防犯面はしっかりしている……何より利便性が高いからね。時間をお金で買う感じかな」
　綾花の進学予定先である木天蓼大学は、珪が通っていた時代と違って木天蓼市内にふたつキャンパスを有している。資料や特別講義を求めていつもと違うキャンパスに行くことも考えられたらいいだろうが、せめて主軸となるキャンパスへの通学は、毎日のことなので気に掛けるべきだろう。
「初期費用や家賃は安い方ほうがいいけど、どこを妥協するかですよね」
　絶対に譲れない条件はペットを飼えること。
　それから快適な大学生活という点では、珪の提案通りキャンパスの近くを検討してみるのもいい。でも、綾花にとってそれは必要なことではあるが、次点に添えるほどの必須要件でもないようで、移動時間を検索しながら思案顔だ。
「インドア派なら寛ぐ環境重視がいいし、アウトドア派なら寝に帰るようなものだし。例えば僕は、最初こそ大学の近くに住んでいたんだけど……」
　勉強も読書もキャンパス内でできるし、バイト先に困らない程度の店が近くにあれば十分だろう。そう考えていた珪は、大学まで徒歩圏内であることを最優先に、予算と折り合いをつけながら広い部屋を選んだ。
　新築で寝るスペースしかないような所より、少々古くてもゆったり出来るほうが心安まるだろう。そう考えたまでは良かったのだが――結局、１年を区切りに引っ越してしまったという。
　理由は、西日が強すぎて本が焼けないように工夫を凝らすことが大変だったことと、大学と近すぎたために溜まり場として使おうとする学友が後を絶たなかったからだ。
「今のアパートも、寝子高への赴任が決まってから選び直したんだ。ちょうど手持ちの本も整理したかったし、できれば駐車場付きの物件が良かったしね」
「一人暮らしの先輩なだけじゃなくて、お引っ越しもベテランですね」
　子供の頃から引っ越しの多かった珪にとって、荷造りも苦で無ければ部屋に特別思い入れを持つでもない。生活環境に合わせて、より良い場所へと引っ越しをする点なんかは、綾花も見習うべきだろう。
「ううん……できるのと、やりたいかは別だけどね」
　苦笑しているところを見ると、引っ越しは必要に迫られてしているのかもしれない。
　それなら、せっかく近所に引っ越したのに、今度は珪がふらりと遠くに引っ越してしまう、なんてこともなさそうだ。
　綾花はどこかホッとして、改めて条件を洗い出す。
　すっかり珪のアパートの近くでと考えていたが、それ以外の場所にも目を向けてみると、好条件な物件はたくさんあって迷うほどだ。
　むむっと真剣に考える綾花と一緒に、珪もどうしたものかと悩んでいた。

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