あなたのそばに、いけるかな？｜リアクション

あなたのそばに、いけるかな？

　何を扱う店でも得意不得意はあって、サービス内容はまちまちだ。
　大きく有名なチェーン店だから品揃えが豊富なわけでもないし、小さな個人商店だから融通が利くわけでもない。だから利用者は、まず自身が求めるサービスを明確にし、それに合わせた店選びが必要になる。
　しかし、今回が初めての一人暮らしになる綾花にとって、知っていることなどＣＭで見聞きした程度。高らかに『契約数業界最大手！』なんて謳っていれば、取り扱う物件が多いのかと気になるし、可愛いキャラクターや爽やかなタレントが印象的だと、悪徳業者ではないんだろうなと思ってしまう。

　そこで出番となるのが、引っ越し回数も多数あり信頼のおける珪だ。
　何店舗か相談に足を運んだ経験から、特殊な契約プランもなくイメージに左右されない中堅の賃貸紹介会社が初めの一歩に良いのではと助言をくれた。
　さっそく来店予約の電話をしてみた綾花は、対応してくれた女性スタッフに手短に要望を伝え、約束の時間まで珪と話し合って確認事項のリストを作っていたのだけれど。
　随分とエネルギッシュな若い女性スタッフと、意欲満面の綾花が顔を合わせると話はトントンと進み、そこへ外回り用の車が帰ってきたのもあって、すぐに内覧しながらお話を進めましょうとなった。

　そして、１軒目――。

「わぁ……っ！」
　日当たりもほど良い１ＤＫの部屋。
　つい先ほどまでキリッとしていた顔が思わず綻んでしまうくらい、綾花の理想の形がそこにあった。
　ペットと住むことを前提にされたマンションは、入り口には散歩から帰ったらすぐに足を洗える水場が用意されていて、その先はオートロック。エレベーターは大型犬と一緒に乗ることもできそうなくらい広めだし、部屋の壁や床などあちこちにも配慮が見受けられる。
　気になっていたキッチン周りも広めで、家電の配置を考慮した上での作り付け棚もいくつかあり、綾花はピカピカに磨かれたシンクの前に立ってイメージを膨らませていた。
「今クリーニングが済んでいる部屋はこちらだけですが、いくつか空く予定にはなっていまして」
　満面の笑みでタブレットを差し出すスタッフに釣られて、綾花も機嫌良く設備を確認する。しかし、設備より何より目に付いたのは、事前に伝えていた物より少し予算オーバーの家賃だ。
　すかさず、驚いている綾花に代わって珪が確認を入れる。
「他の部屋は、ここと同じ金額ですか？」
「いえ、日当たりや階層によって値段は変わりますが、これよりお安くは」
　上がると言っても、５千円から１万円ほど。女性の一人暮らしにぴったりの防犯システムだし、ペットのことも十分に考えられている。何より珪のアパートからさほど遠くもない。
（でも……近くもないですよね）
　部屋の設備自体は綾花の理想通りだけれど、出費が嵩むのに妥協する面があると即決はできない。
　もともと、こういった物は縁だとも思っていたから焦っているわけではないのだが、初見で気に入っていたこともあり、少し残念な気持ちがわいてくる。
「一軒目から期待通りだった？」
　そんな綾花の気持ちを見透かしたように笑う珪に、綾花は気付く。
　先ほどの作戦会議で教えてくれたではないか。予算はあくまで予算と踏んで、ギリギリまで高値の物件を契約させようとするのは、仲介会社の手口だ。
（今、私は見定められているんですね）
　いくらまで出せるのか、真の譲れない条件はどこなのか。相手も仕事だ、こちらの話ばかりを聞いて丁寧な案内をしてくれるとは限らない。
「このお値段になるのは設備ですか？　それとも立地ですか？」
「設備と、築年数が浅めなことですね。もう少し年季が入っていてよろしければ……」
　次の物件候補を紹介してもらいながら、綾花はしっかりとメモを取る。退寮までの期日があるので悠長にはしていられないが、焦って後悔するような部屋は選びたくない。
「次は予算を優先にして、他の条件を緩めてほしいです。もちろんペット可は絶対で、それから」
　ちらりと珪の顔を盗み見てふふりと笑うと、綾花は地図にくるりと指を滑らせる。
　そこは、彼のアパートの近くだ。
「この近辺なら治安もいいですよね。卒業式後とかギリギリになってもいいので、空き予定はありませんか？」
「そうですねぇ……古い建物が多い地区なので、ペット可は少ないかもしれませんが」

　これからの空き予定も含めて調べてくれるスタッフは、リフォーム物件など比較的綺麗な部屋から順に案内してくれた。
　やはり防犯面や内装の雰囲気は最初に見た部屋と比べると劣ってしまうが、猫鳴館で培ったDIYの腕でカバー出来ることも多いだろう。
　キッチンは綾花がチェックし、ベランダからの防犯を珪がチェックして。大きな本棚のことを考えると何畳くらいいるだろうかと綾花が思案すれば、部屋よりも階段や玄関の大きさを見ないとと珪がアドバイスして。
　あまりに仲睦まじく、熱心に部屋探しをしているものだから、スタッフも思わず口を挟んだ。
「……もしよろしければ、お二人暮らし向けのお部屋もご紹介できますけど」
　すると２人は、顔を見合わせて頬を染める物だから、スタッフも初々しいなぁなんて思いつつ、冷やかさないように堪えるのが大変だったらしい。

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