夕顔の咲くころに｜リアクション

夕顔の咲くころに

【未来をみつめて】

「な～にさ、あのエセ占い師。当ったり前のコトしか言ってなかったじゃんか、ねえ綾辻ちゃん」
　シーサイドタウン駅前へ抜ける路地を歩きながら、つるぎは相変わらず片眉を下げたまま。
「そう……でしょうか？　そうなのかな」
「そうそう。まあ良い部分だけ信じてりゃいいんッスよ、占いなんて。よき未来がどうたらこうたら～ってとことか」
　綾花の手には、一枚の名刺。帰りぎわに手渡されたものです。橙に染めた和紙に、きれいな白い花と、名前が記されています。
「そう……なのかなぁ」
　夕顔サキ、とありました。
「ありゃ？　ヘンだな」
　ぴたりと足を止め、おもむろに足元へしゃがみこんだつるぎの肩ごしに、綾花も覗き込みます。
「どうしたんですか？　つるぎさん」
「いや、この花がね」
　壁に這うように伸びる蔦。まばらに広がる葉の揺らめきの間から控え目に顔を見せる、白い花。名刺に咲きほこる花たちと、それは同じものに見えました。
「夕顔の花？　かな？　前に図鑑で見たんッスよね～。確か、夏に咲く花だったような。あれ？　今って何月？」
「１月ですけど……」
　綾花も首をかしげたところで、路地の出口にならぶアパレルショップのショーウィンドウ前に、手を振る彼の姿を見つけました。

　モダンでオシャレ、いい雰囲気なイタリアンレストランを見つけて昼食タイム。パスタをいただきます。
「それで、占いはどうだったんだい？　いい結果だったかい」
　ジェノベーゼを上品に口へ運び、珪先生がたずねました。綾花のフォークはぴたりと止まります……ちなみにポルチーニ茸のクリームパスタです。つるぎはボロネーゼ。
「なにを占ってもらったんだい、って、聞かないほうがいいのかな」
「そッスよ珪さん、オトメのヒミツってヤツ！」
「えっと……結果はたぶん、悪くはなかった。と、思うんですけど」
　机にならんだカードの一枚一枚、絵柄もはっきりと覚えていますけれど、その意味をすべて理解しているわけではありません。ただ、占い師さんの語った言葉は今も耳にのこっています。綾花はそこから伝わる彼女の意図や、自身の未来に思いをはせます。
（……あれ？　そういえばあのときは、ちょっとした対価をいただくかも、なんて言ってたけど）
　支払ったのは初回おためし鑑定料の１０００円のみ（いわく、格安さね！　とのこと）でした。もったいぶった言い方のわりに、そのくらい？　という感じで拍子ぬけだったのはたしかです。
「綾辻さん？」
　おもわず考えをめぐらせてしまっていたらしく、怪訝そうな珪先生の声にはっとして、
「あ、はい。たぶん、自分らしく、真っすぐ生きなさい……っていう意味だったのかなって」
「え～、そんなこと言ってたッスかねえ？」
　ちょっぴり意見がことなるらしいつるぎに微笑みかけ、パスタをちゅるん。いいお味です。
「まあ、そうだね。結果も大事だけれど」
　綾花をおだやかな瞳で見つめて、珪先生は言いました。
「本当に未来が見えるとしても、占い師がそれを変えることはできないよね。それができるのは綾辻さん自身だけ。大事なのは綾辻さんにとってどんないい影響があるか、どんなふうに活かせるか、ってところじゃないかな」
「ほーん。なるほどねえ。そんなもんッスかねえ」
　たしかに、そうかも。気になる結果にやみくもに思いわずらったり、気に病んでしまったりするより、それをどう前向きに変えてゆくか？　と考えるほうがよほど有意義かもしれません。
「うん……そうですね。珪さん。きっとそうです」
「うん。そうだよ」
　占いはぱあっと晴れ渡るような結果をもたらしてはくれず、正直すこうし、重くるしい気分でした。けれどあらフシギ、珪先生のひと言でまさしく、ぱあっ！　ひろがるのは鮮やかな青空のような、すがすがしい気分。おもわずにーっこり、満面の笑みをうかべた綾花でした。

このページにイラストを設定する