夕顔の咲くころに｜リアクション

夕顔の咲くころに

【こわい？　かわいい？】

　お休みが多いというのも考えものです。だって、恋する彼に会う理由がひとつ失われてしまうから。三年生の冬は自由登校の日が増えて、委員会の当番日も減って、図書室へゆく口実が無くなってしまうから。それに登校しないといったってヒマしてるわけじゃあなくって、受験勉強の追い込みでもーいっぱいいっぱい！　なのです。
「むう」
　自然、机に向かう綾辻綾花の唇はとがり、せわしなく動いていたはずのペンも止まって、預けた背に椅子もぎいと鳴き声をあげました。
「会いたいな……」
　想い寄せる早川珪。その旧友で今は綾花とも共通の友人である馳つるぎ。ふたりと顔を合わせる機会もこのところ少々減ってしまいました。さみしい。
　止まったペンはふたたび走りはじめることなく、集中を欠いてしまった綾花は、流れるようにスマホを取り上げぺもぺもぺも。押し慣れた番号をタップしておりました。

「ヘーイ、綾辻ちゃん！　ちょっとひさしぶり？　なんかヤセたんじゃないの、ちゃんと食べてるッスか～？」
　そんなわけでして、三人のちょうど都合のよい日をピックアップ。綾花の招集というかヘルプというかセッパ詰まった声に応じて、珪とつるぎのふたりは時間をつくってくれました。
「おふたりとも、ありがとうございます。受験勉強にもちょっと、疲れてしまって……」
「うん、根を詰めすぎるのもよくないね。息抜きだって大事だよ」
　珪先生のありがたーいお言葉、穏やかな微笑みに、長きにわたる珪さん成分の欠如から綾花は両の瞳からアツい感涙を……さすがにそこまでではありませんけれど、ふたりの顔を見たとたんになんだか、受験に打ちこむあまり胸にこうフツフツわだかまっていたものがほどけてゆくような気がしました。
「で、映画だったね。今日はなにを見るんだい」
「はい。『怪談草子・猫ぐるい』っていう映画で」
「え゛っ」
　つるぎがカエルのつぶれたような、ミョーな声を上げました。
「それってあの、めちゃくちゃコワいってウワサの……」
「怖いけど猫がかわいいシーンもあるらしくて」
「原作もあって、そっちも面白いらしいよ」
　ねー？　綾花と珪はうなずき合い、つるぎの顔はちょっぴり白く見えました。どうやらコワいのはあまり得意でない様子。
「いやー。そうだね、うん。今日は映画じゃなくて、別のとこで遊ばないッスか？　ね？　ほら、たまには身体を動かしてみるとかさぁ……！」
「……ふふふ。逃がしませんよ？」
　がっし！　綾花は珪とつるぎの腕を両手でつかまえて、にっこり。
「つるぎさん猫好きだし、いっしょに見たかったんです。ひとりじゃ怖いけど、ふたりがいればだいじょうぶです」
「あの珪さん、綾辻ちゃんがっつり見る気マンマンッスけど、なんとか言っちゃあくれませんッスかねえ……！？」
「まあ、観念するんだね。つるぎちゃん」
「うおーっ、逃げ場ナシ！」
　強制連行！
　さっそくシーサイドタウンのシネコンへ入り、チケットにポップコーンやらドリンクやらを買って中央のいい席へ。徐々に暗くなってゆくと、耐えきれなくなったのか無意識か、つるぎは綾花の手をがっつりと握っております。
　『怪談草子・猫ぐるい』はいわゆる心霊系ホラー映画。次々に巻き起こる怪事件に共通するのは、現場で目撃される一匹の猫の姿。事件で父を失くした主人公とその夫である私立探偵はあちこちに散りばめられた謎を追ううち、身の毛もよだつ恐怖の世界へと入り込んでゆくのでした。はたして事件の裏に隠された、おそるべき真実とは！？
　なんて筋書きのようです。綾花ははらはらしたり、ホラー演出にびっくりしたり。けれど登場する猫がなんともかわいらしくて、ホラーなのにうっかりなごんでしまったり。恐怖シーンでスピーカーからちょっと大きな音がひびき、綾花もおもわず隣の珪先生の手のひらをすがるようにむぎゅっ。ちらりと彼の横顔をのぞくと、これがばっちり目が合って、
（あっ……）
　目くばせ、唇に指を立ててしーっ。彼は微笑みかえしてくれました。言葉を発してはいけない中での、ちょっとしたアイコンタクト。スクリーンの中では呪いの猫がつぎつぎに犠牲者を出してゆきますけれど、綾花の胸はしあわせに満たされました。

このページにイラストを設定する