ファントムバタフライの館｜リアクション

ファントムバタフライの館

チョウコ・シノミヤを追って

　チョウコ・シノミヤ。――四之宮蝶子。
　それがこの館の主の名であり、あの女性の幽霊の名であろうことは、コレクションルームを見て確信した。コレクションルームには蝶の標本が所狭しと飾ってあり、それらすべての採集者名が四之宮蝶子であった。ベッドルームから拝借して来た写真とも照らし合わせて考えるに、この館は、蝶コレクターである四之宮蝶子のものだったのだろう。
　柚春とウォルターの目当てはウィリアム博士であったので、人気のないコレクションルームはすぐにあとにして書斎の方へと向かう。すると行く手に女性のゴーストが現れて、ベッドルームへ向かったときと同じように書斎の方へすうっと移動してドアの前で消えた。
「……まるで僕たちを誘導しているみたいだねぇ」
「何かを言いたいのかな」
　最初こそ怖かったけれど、正体もわかった今となっては、彼女の遺志をこそ知りたいとも思ってしまう。
　書斎は、ベッドルームとは玄関ホールを挟んで左右対称の位置にあるようで、広さや間取りもベッドルームに似ていた。無人の書斎を蝋燭で照らして、柚春は首を傾げた。
「あれ……博士、いないね。こっち側に行ったと思ったんだけどな……？」
　壁は一面本棚になっており、蝶に関する本で埋め尽くされている。
　近づいて写真図鑑などを手に取って見ていると、奥の本棚の前にゴーストが現れた。
　ゴーストは本棚から本を引き抜こうとする仕草を繰り返している。
「蝶子さん……」
　柚春は声をかけた。何か話したいことがあるのなら、ゆっくりと聞いてみよう。そんな想いで。
「博士の居場所を知ってる？」
　答えはない。
「それとも探し物……お願いがあるの？」
　ゴーストは本棚の本に指をかけ引き抜こうとし、一瞬消えてはまた動作を繰り返している。
　柚春は、ゴーストが引き抜こうとしている本に目を向けた。
「『Phantom and Butterfly』――著者は『William・B』……ウィリアム・ブラックウッド？」
　それはウィリアム博士の名だ。
　ゴーストが消えた瞬間を狙って、本を抜き取る。
「う、英語……ウォルターさんお願い」
　柚春は本をウォルターに渡し、蝋燭で照らしながら一緒に本を覗き込んだ。
「博士がこんな本を書いてたなんてねぇ。どうやら、魂と蝶に関する伝承や研究をまとめた本みたいだ――ん、栞が挟んであるねぇ」
　ペラペラと本をめくっていたウォルターは、栞のページを和訳して読み上げる。
「蝶は人間の生と死と復活のシンボルであり、死者の魂が宿るとされる。ギリシャ語で蝶はpsyche（プシュケ）というが、もとは霊魂（プシュケー）を人格化したもので、魂や不死を意味している」
「へえ……。霊魂と蝶って関係があったんだね」
「だからウィリアム博士と蝶子さんは知り合ったのかもしれないねぇ」
「そうして、惹かれ合ったんじゃないかな」
　そんな気がする。あの写真の様子。蝶子さんの人待ち顔。
「蝶子さんはウィリアム博士を待っていたんじゃないかな。ゴーストになってまで。ウィリアム博士も、幽霊屋敷の探索って名目で、本当は蝶子さんを探しに来たんじゃないのかな？」
「それはいい推理だと思うよぉ。まったく博士はどこに行ったんだろねぇ？」
　ウォルターは腰に手を当て、呆れたようにあたりを見回す。柚春も同じ気持ちだ。
　ゴーストはまだ、先ほどと同じように本棚の前にいる。
　本はなくても本を抜く仕草を続けているのか……そう思ったが、違った。
　本が抜けた隙間に手を差し入れている。
　柚春はそれを見てピンと来た。
「もしかして！」
「ほら、よくあるじゃない。こうピンときた背表紙を押したらガコンって本棚が動いたり、壁掛けの絵を傾けたら階段が現れたり……」
「隠し扉？」
「そう、それ！」
　柚春は本が抜けた隙間に手を差し入れてみる。
　果たして――そこにはスイッチがあった。

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