ファントムバタフライの館｜リアクション

ファントムバタフライの館

火を探して

「というわけで、蝋燭は手に入れたけど」
　埃の被った燃えさしの蝋燭を手に、柚春は途方に暮れていた。どうやって火を付ければいいだろう。
「ウォルターさん、ライターかマッチなんて持ってる？」
「ないねぇ。柚春は？」
「僕も持ってない」
　万が一ポケットに入っていたりしないかと、あちこち身体をはたいてみたものの、ないものはない。
　ウォルターが言った。
「キッチンみたいな場所ならあるんじゃない？」
　まだスマホの充電は大丈夫そうなので、スマホのライトを頼りにしたまま、柚春とウォルターは一階ホール正面のドアを開けた。そこは食堂だった。
　闇の中、ふわふわと舞う青白い蝶――その蝶が、白いテーブルクロスのかかった食卓の上に止まる。蝶が仄かに照らし出した食卓の上には燭台やグラスのような影が見える。
「……もしかして、先にここに来てたらもっと楽に蝋燭が手に入ったんじゃあ……」
　言いかけたウォルターは、突如身を翻し、柚春をドアの外に押しやった。
「！　危ない！」
　闇の中、空を切り裂く複数の銀色の光。それらが自分たちを狙うようにして飛んできたのに気づいたウォルターは、間一髪でドアを閉める。
　カ、カ、カツ！　とドアに鋭いものが刺さるような音が複数聞こえた。
「今の、ナイフ？」
「フォークだった。宙に浮いてたよぉ」
　ポルターガイストというやつだろうか。柚春にはよく見えなかったが、白の魔弾こと投げチョークの名手であるウォルターはさすがの動体視力で見抜いたようだ。柚春は訊ねる。
「誰かいた？」
「人の気配はなかったと思うけどねぇ……」
「だったら危険な食堂はスルーして、二階へ行ってみようよ。ベットルームなら非常灯として懐中電灯かなにかあるかもしれないし」
「それがよさそうだねぇ」

　踵を返したウォルターと柚春は、二階へ上がった。
　上がって正面、ちょうど食堂のドアの真上の位置に両開きの扉がある。そこから廊下は左右に伸び、それぞれの廊下の先にドア。ウィリアム博士からの手紙に添えられていた簡単な館内部の図によると、左手側は書斎、右手側がベッドルームと書かれていた。外から見た光は、左手の書斎へ続く廊下を移動していた気がする。
　柚春は二階に上がったところでも、念のため床を照らして足跡を調べたが、積もった埃の上に自分たち以外の足跡は見受けられなかった。と、不意にウォルターが息を呑んだのがわかった。何かあったのかと柚春は暗がりの中よく表情のみえないウォルターに、小声で問いかける。
「どうしたの？」
「……あれ」
　ウォルターは声を抑えて右手側の廊下の先を指差す。
　白いドレスの女性がいる。その姿は半透明で、仄かな光を放っているようですらある。
　彼女はすうっと、廊下を滑るように移動して――奥のドアの前で消える。
「ゴースト……」
　柚春はウォルターの腕を強く掴みなおした。
　今更もう、彼女が幽霊であることを疑う余地はないように思われる。
　問題は彼女が誰で、何故、幽霊の姿でこの屋敷にとどまり続けているのかだ。
「ウォルターさん、行ってみよう」
　彼女が消えたあのドアが、ベットルームであるはずだ。

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