君の音は何色で描く｜リアクション

君の音は何色で描く

　無口ではあるけれど、無感情ではない。髪や瞳の色が寒色だからって、物静かなわけでもない。
　意思は強く、思いは熱く。スピカ・フォーツを綺麗なお人形のように思っていたなら、手痛い反撃を食らうことだろう。
「……逃がさない」
　愛機トライアルβは、どちらかというと防御力に特化したカプセルギア。だが、接近戦でも問題なく戦えるようにカスタマイズしているあたり、スピカの性格が滲み出ていた。
　ただ守りに徹して王子様を待つようなヒロインではなく、健気に物陰から支えるサポート型でもない。腕力自慢の一手など、ジャミングで振りかざす矛先を変えることができるし、ハッキングさえされなければとスピードに物を言わせた軽い攻撃なら跳ね返せる。
　決して攻守バランスが良いとは言い難いが、自分１人でチャンスを掴みに行くことくらいは造作もない機体。もしかしたらそこには、スピカの理想である未来の姿も重ねられているのかもしれない。
「抗わないで……終わらせる」
　カウンターから相手の動きを封じ、そのまま操作権を奪取。いつもであれば派手なエフェクトが散り、爽快なバトルを演出してくれるところなのに、今日のトライアルβには――いや、戦っている相手にも演出は何も起こらなかった。

　――アプリの大規模メンテナンスのため、A.I.C.O.の音声操作制限とエフェクトの一時撤廃。
　こうなればギアはただのラジコンと同じで、子供たちの盛り上がりにも欠けた。バトルの途中だと言うのに、対戦相手の少年は諦めたようにギアとスマートフォンのリンクを切る。
「もう負けでいいや。おねーちゃん、ありがと！」
　少年は「塾に遅れるから」とギアを鞄の奥深くに押し込んで、足早に去って行く。それは特別、スピカが圧倒的な力を見せつけたからではない。
　今まで見てきたものとは月とすっぽん。そんな落差さえある地味なバトルを見続ける興味も集中力もなくて、これから巻き返すというやる気も湧いてこないのだろう。未だ小中学校への持ち込み禁止は続いているし、児童公園でものびのびとバトルを楽しみにくくなったのだから、致し方ないと言えばそうだ。
　そうやって危険視されたまま放置をするなどできず、スピカは事件現場にも赴いて尽力した。けれど。
（最良の結果、だった？）
　結果として残ったのは、信頼が取り戻せず機能制限されたギア。いつ終わるとも知れない改良の約束なんて、子供たちには無いのと同じかもしれず、期待して待てと声高にも言えない。
「…………」
　トライアルβを拾い上げ、ぎゅっと抱きしめる。自分が介入したことで、子供たちにとっては『余計なこと』をしたのかもしれない。
　事実を話せば、こうして機能制限されたのはスピカのせいだと糾弾されたかもしれない。
　それでも、何もしないで与えられる結果に後悔することだけはしたくなかった。
（……大丈夫）
　強くはない。だからって、傷つけられることを恐れて敵前逃亡などするものか。
　一緒に立ち向かってくれる人がいる、この足さえ止めなければ、必ず未来は動かせる。
　止まない雨なんて、明けない夜なんてないと、ゴールまでがむしゃらに走ったことを後悔なんてしない。
　冷えた空気を胸いっぱい吸い込んで、指先の細胞まで目覚めさせるように意識する。ふうっと長い吐息を吐き出せば、後ろ向きになりかけていた思いも全て出て行った気がして、スピカは自信を持って微笑んだ。
「終わりじゃない」
　アプリの開発に携われるわけではないし、他に出来ることがあるかもわからない。だけど人にバトンを渡して自分の役目は終わったと休むことは、したくなかった。
　カプセルギアはただの玩具。他人から見ればトライアルβも雑多な中のひとつで、遊びがひとつ無くなっただけでと取り合わない大人だっていることだろう。
　子供のままわがままを言うことも、大人ぶって物わかり良くなることもできやしないし、半端なスピカができることは、そう多いわけでもない。
　だから笑う。トライアルβに向けて、そして弱音を吐き出しそうになる小さな自分へ。
（私は、私を信じてる）
　立ち向かっている相手が大きくたって、湧き上がってくる力がある。
　そんなスピカは、誰にも止められはしないのだ。

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