君の音は何色で描く｜リアクション

君の音は何色で描く

　――忘れないよ。だから、忘れないで。

「ごめん、なんか言ったか？」
　今日も寒いなとマフラーに首を埋め、桜井ラッセルは隣を歩く風の精晴月を見た。
　最初は歩くという概念も難しかったけれど、人の姿を模しているなら人間のルールも覚えて損はないと一緒に学び、今では感情に左右されることなく随分人間らしく振る舞えている部分も……まあ、あると思う。
「夢って、私にも見れるかなって」
　今日は２人で図書館を訪れていた。その中で晴月は、夢が『未来を思い描くこと』や『睡眠中に見るもの』という数種類あることに気がつき、今まで縁遠かったそれに興味を示した。
　どちらの夢も、見ることは人間に与えられた特権ではなく、それとは共有できない生き物だって見ていることだろう。むしろ人を模した姿を取り人語を扱う晴月が、今まで夢を知らない方がラッセルには不思議だった。
「まあそう難しく考えなくていいって。あれができるようになったらいいなとか、こうなってほしいなとか」
　さすがに眠っているときの夢はどうこうできないけれど、願い事をするくらいなら晴月だってすぐに思いつくだろう。
「じゃあ、明日もラッセルと遊びたい！」
「そんなすぐ叶っちまうことじゃなくて、もっとこう、どーんと」
　両手を広げてみせるラッセルの真似をして、晴月はくすくすと笑う。

　……そんな毎日が続くと信じていた。
（だけどラッセルは『人間』で、私は――）
　本を読めば読むほど、ラッセルが知らないことを教えてくれるほど、晴月は『違う』のだと実感した。
　どれだけ真似事が上手くなったって、人間にはなれない。
（もし……魔法使いがいたら）
　遠く離れた家にも帰れて、尾ひれを脚に変えて。なんでも願いを叶えてくれる人がいたとしても、晴月には何を願ったらいいのかなんてわからなかった。
　今は楽しいことがたくさんあるけれど、これが『ずっと続きますように』と願ったら、どうなるのだろう。
　ラッセルが風の精になったら、もっと楽しいだろう。でも、頑張っていたジュケンは無駄になって、困らせることも悲しませることもあるかもしれない。
　なら晴月が人間になったなら。この世から風が無くなるわけではないし、ラッセルと同じ時間を歩める。良いことずくめのようでいて、不安があるならひとつだけ。

　――風が大好きな子だったんだ。

「ねぇラッセル」
　何か話をして欲しくて呼びかけた先には、人の気配なんてものはなかった。
　いつ通りがかったかもわからない児童公園のベンチで、冷たい風が吹きすさぶ中を独り座っている。
「……ラッセル？」
　いない。
　さっきまで話していたはずなのに、明日も遊ぶんだって言ったのに。
（明日？）
　太陽が昇って沈み、また昇った頃。人間はそれを１日と呼び生活を営むけれど、晴月には瞬きをするような時間であることも、ぐっすりと休んでもまだ余ってしまうような時だってある。
（今日は……いつ？）
　そこはかとない不安が込み上げて、晴月はラッセルを探そうと周囲を見渡した。温かい飲み物が出てくる自動販売機、かくれんぼができそうな遊具。
「ラッセル！」
　小鳥になって飛んでいるのだろうか、それとも寮に帰ってご飯を食べてる？
　何故だか力が入らなくて、空を飛ぶこともままならない。けれど、ここにへたり込むわけにはいかなくて、晴月は覚束ない足取りのまま公園内をくまなく探す。
　木の上も、誰かが作ったままの砂場のトンネルの中も。空から探せなくたって、風でなくなったとしたって、１人じゃないと教えてくれたのはラッセルだから。
（ぜったい、見つける！）
　この辺りにいないのなら、公園の外も探してみよう。どちらに行けばいいのかわからないけれど、晴月はとにかく通りへ出て人影を探すことにした。
「ピィッ！　ピィイイイッ!!」
　交差点の上、けたたましいくらいに鳴くカナリアは首から小さな鍵をかけている。
　何やら怒っているらしいことは伝わっているのに、ラッセルを見つけられた安堵感から晴月はつい微笑んでしまった。
『コンビニ行ってくるから、待ってろって言っただろ！』
　約束した場所にいないから、ラッセルは折角買った肉まんも何もかも、全て投げ出してきたというのに。無事で良かったものの、あとでしっかり言い聞かせなければならないだろう。

「あのね、夢って少しわかったかも」

　語れるほど明確ではなく、叶えたいと切望するでもないけれど。
　今はただ風の吹く場所で――ラッセルの背中を押せる時津風でいたいと晴月は願った。

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