君の音は何色で描く｜リアクション

君の音は何色で描く

　桜花寮の自室で、愛猫萌々子は困っていた。
　最終学年を目前とした、進路調査。なにもびっしりと志望校と理由を述べよと言ってるわけではなく、他の科へ編入の希望があるかとか、選択科目はどうするかといったアンケートのようなものだ。
　今のところ芸術科のままで変更予定もないし、選択科目の見直しも必要と感じていない。学校の調査票には変更希望なしと一言書けばいいだろう。困っているのは、親へ一報をいれるかどうかだ。
　寝子島高等学校に入学する際もひと悶着あって、脅すようにして書面を記入してもらった。今でこそ少し距離を置いたおかげで関係は修復傾向にあるが、それでも密に連絡を取り合うことはない。
（でも、一応は……）
　１度プリントを裏返し、萌々子は机の引き出しを開けた。見せられる成果として、無難なところだと通知表だろう。
　進学校ではないし、これくらい当然と思われるかもしれないが、成績もさることながら風紀委員や生徒会役員の活動もあって評価は上々。しかしこれでは、新年度も引き続き頑張りますとは報告できても、進路については決定打に欠ける気もする。
　他には何かないだろうか。机を探っていて、次に見つけたのは先日完結したオリジナル漫画の見本誌だ。中々に満足いく仕上がりではあれど、これをどこかに持ち込むのはともかく、本格的に専門学校で学ぶため親に見せられるか、となると悩ましい。
「それ以外……」
　次に熱を入れて活動していたのは、黄色い法被が思い起こされるが、それこそ週刊誌の記者にでもなるならともかく、進路に役立つような成果は特に無い。
　小さく息を吐いて、萌々子は机の隅に置いていた鏡に目を向ける。手入れの行き届いた長い黒髪を持っているというだけで目を引くのか、萌々子は時折『大和撫子』だなんて呼ばれることがあったりした。
　それは道行く海外観光客だったり、通りすがりに親切にしたご老人だったり。普段の萌々子をよく知らないからこそ出る言葉だろう、というのは本人が１番わかっている。
　きっと彼らも褒め言葉として使ってくれているのだろうし、わざわざ期待を裏切るようなことをしでかそうとも思わない。けれど、自分を良く知る人からは聞くことのない単語なだけに、正直なところ萌々子はいつも反応に困っていた。
（悪い言葉ではないと思いますけど）
　凛とした佇まいになっているのならいい。けれど、男の後ろをしずしずと歩くか弱さは、いらない。
　相手の心の機微に敏感で、繊細な心配りができる人には憧れる。でも、そのために自分を押し殺していては、結局何も持たぬ傀儡と変わりないではないか。
　いい女だと褒める言葉のようで、その基準はどこにあるのか。時代遅れというか、誰かの理想が込められた呼称には、あまり魅力を感じなかった。
（だってそれは、『私』じゃなくてもいいんですから）
　期待に応えることで、手に入った安寧も確かにあるのだろう。後悔こそないけれど、父は――それを望んでくれていたからこそ、進むべき道を整えようとしてくれていたかもしれない。
　和解するより先に耐えられないと声を上げ、寝子島に来た。これで解放されたのだと思っていたが、実際は寝子高に通うのだって親の許可が必要なのだから、縁を切ったわけでもない。距離をとって初めて見えた物もあるし、わだかまりの全てがなくなったわけではないけれど。
「ちゃんと、見せられるでしょうか」
　なりたかった『私』に。理想とする『愛猫萌々子』になった姿を。
　折れない芯の強さを見せつけて、迷ったって自分で道を選べると言うことを証明して。これからの大学や専門学校といった進路だって、口を挟ませないくらいに成長したことを伝えなければならないだろう。
　そのためには、言いたくないとか恥ずかしいとか言っていられない。初めてろっこんを使ったときのよう、とまでは言わないけれど……目指している物を真っ向から伝えなければ、また道を用意されてしまう。
　やりたいことを見据えて、そのための最終学年をどう過ごすか決めて。萌々子はプリントを捲って、もう１度進路調査票と向き合った。
（……どうせなら）
　将来の話をするのならと柔和な顔を思い浮かべ、ふふりと笑う。引き合わせてもいいけれど、双方ともに慌てふためいて紹介どころではなくなってしまいそうだ。
「まずは私の進路から、ですね」
　書き終わった調査票を写真に撮り、メッセージを送る。
　何と返事が来たって曲げることはない。たとえ走りやすい道が約束された未来に繋がっていたって、渡せない夢が萌々子にはあるのだから。

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