睦み月に願うこと｜リアクション

睦み月に願うこと

　朝のひと悶着が嘘のように、佐和崎紗月と初瀬川理緒の２人は、仲良く夜道を歩いていた。
「ごめんね。お母さんたち、結構はしゃいじゃって」
　照れくささと呆れの混じった顔でそう零す紗月は、予定よりすっかり帰宅時間が遅くなってしまったことを詫びているけれど、いつものように萎縮はしていないようだ。
「ううん、あたしが紗月のアルバムが見たいって言い出したんだし」
　しっかり豪勢な夕飯まで頂いてしまったので、帰り道は少し遠回りして運動をしなければ。それが億劫にもならないくらいの月夜だから、今朝の騒動がなければいい１日だったのに。
（まさか、実家からの連絡だったとはね……）
　あれだけ悩み隠そうとするから何事かと思ったが、蓋を開けてみればなんてことはなかった。
　ただ実家に少し顔を出したいと言い出せなかった紗月と、年末年始を一緒に過ごせて浮かれていた理緒とで、ちょっとした行き違いがあっただけ。
　確かに、紗月の家庭と比べると、理緒は少しばかり家族と不仲かもしれない。
　エリート家庭で育った理緒にとって、家族から見れば中学受験の失敗は大きな汚点だ。けれど、高校１年のときから始めたグラビアモデルを今でも続けられているということは、転機でもあったということでもある。
　若いうちにしかできない仕事かもしれないし、それを踏み台に次へ繋げられる保証もない。何年続けたって資格にはなりえないから、エリート街道を進んできた両親を説得するなんて無謀な話だろう。
　それでも、今日。紗月の家族と話してみて、もしかしたらと思えた部分もあって。
（……あたしも、ちょっとは顔出してみようかなぁ）
「理緒ちゃん、あのね」
　隣を歩く紗月が、１度月を見上げ……ふふっと笑みを零して手をしっかりと握り返した。
「私ね、自分のことを月みたいだなって思ってた」
　前向きな意味は何ひとつなく、ただ太陽と対比するだけの存在。
　自嘲めいた言葉で理緒をたてようとする姿は見慣れたものだけれど、今日の紗月はそれで終わらなかった。
「でもね、私は……月には月の良さがあるって思いたいの」
　こうと決めたら、紗月は強い。
　先日だってそれを思い知ったばかりなのに、まだまだ輝きを増そうとするなんて。
「じゅうぶんあるでしょ」
　守ってあげなくちゃとか、甘えて欲しいとか。そう思うことで、優位に立ちたかったわけでもない。
　ただこの輝きを独り占めしたかった。周囲にも紗月の魅力を知ってほしいようで、本当の良さには気付かないでほしいとも思っていた。
　……でも、そうして閉じ込められないところに来ても、紗月は輝くのをやめようとしない。
　嬉しいような寂しいような気持ちを抱え、理緒は静かに月を見上げた。

「私は、理緒ちゃんの隣にいて恥じない自分でいたいから……頑張りたい」
　月は１人では輝けないし、太陽の代わりも務まらない。
　満ちては欠けて、また満ちて。不安定な素振りはヤキモキさせることだってあるだろう。
　けれど、そんな部分も含めて魅力にできればと願うのは――もう、烏滸がましいなんて思わない。
「理緒ちゃんに好きでいてもらえるようにじゃなくて、私が理緒ちゃんを好きだって言いたいからっ！」
　遠慮なんてしない。
　誰にも隣なんて譲らない。
　だけど、そうやって守るためには、逃げてはいけないとわかったから。
　いつものように『どうせ私なんて』と卑下すれば、何より愛してくれる理緒に失礼だと気付いたから。
「……すぐには難しいかもしれないけれど」
　月から紗月へと視線を移した理緒は、柔らかく微笑んだ。
　そんなの無謀だって笑うでもなく、期待しているとハードルを上げるでもなく。
「大丈夫っ！　月はずっと綺麗だって言うしさ？」

　ずっと、綺麗なもの。
　ずっとずっと、続くもの。
　たまには、直球でない言葉に込めてみるのも、悪くはない。

　これが２人の、年始の誓い――。

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