一進一退の攻防が続き、紅白試合は白熱の一途を辿る。
　そして、一人大冒険を繰り広げている後木の戦いも静かに白熱していた。
「ゴホッ……うー…さむいろに、あづいのだ～」
　手にはねこんびのビニール袋が下げられている。どうやら鍋焼きうどんやスポーツ飲料などを纏め買いしたようだ。
「寮にもどって……ごはん、たべて、びょういん、なのだー……ゲホッ、が、がんばるのら、まけないのだー」
　ふらふらとグラウンド前の道路に出てきた後木。その歩みは普段とは比べ物にならないほどのたのたしている。
　そんな後木に気が付いた人がいた。

「あ……」
　ふらふら、のたのた歩く後木に気が付いたのは宇佐見。
「よそ見しちゃって、どーしたのかなぁ？」
「！？」
　一進一退を繰り返す試合の中、今は宇佐見の紅チームが攻撃をしかけていた。マークについた志波が、によによと嫌な笑いを浮かべている。
「ははーん、真央ちゃんだな？　試合前も気にしてたもんなぁ？」
　これは面白いもの見つけた、と志波の目が輝く。
「いや、すごく体調悪そうだし。おやつ渡そうと思ってたんだけど、あれじゃ無理そうってか、無事に帰れるか心配じゃん」
「おやつ？」
「あぁ、【カトゥス・マギラス】でブラウニー作って……」
「ハハーン？　こーれは色恋沙汰なよっかーん？」
　つんつん、と宇佐見のわき腹をつついて志波がからかう、が。
「は？　……俺、何か変なこと言ったか？」
　困惑顔をされて志波が困惑した。
「えーっと……取り合えず、ボール貰うな？」
「あっ、」
　後木への心配と志波との雑談に気を取られて、自分に回ってきたパスを奪われてしまった。
「まずっ」
　焦って取り返そうとするが、志波が冴木にパスを出す方が早かった。
「任せたー！」
「任せろっ！　まゆ先生大好きタイフーン！」
　にやりと笑った冴木が素早いドリブル捌きで攻めあがる。
　ディフェンスを掻い潜り、そのままゴール前へ。
「喰らえっ！　愛の、まゆ先生シューーーートっ！！」
　魂の叫びと共に強力なシュートを放つ！
「止めるっ！」
　気合一発。飛び出した内藤がこのシュートをダイビングキャッチ！
「ふんっ、お前の愛はこの程度か？」
「どいひー！　俺の愛はまゆ先生に受け止めてもらいたいんですー！」
　ぎゃあぎゃあと大声で叫ぶのには、コート外に居るまゆ先生もため息だ。
「……だって」
　座り込んだまま上目遣いに久坂がまゆ先生を覗き込む。
「だって、って言われてもねぇ……あと五分ね」
　腕時計で時間を確認しながらまゆ先生が眉間を揉み解す。
「あと五分なら……」
「ダメです」
　無駄と知りつつ強請る久坂だが、まゆ先生はにべもない。ぷくっと頬を膨らます久坂に苦笑して、まゆ先生がぽんっと肩を叩く。
「全快したら思い切り動きましょう？」
　拗ねに拗ねた久坂が不承不承肯いたところで、タイムアップ。

　ぴぴー！！

「試合終了ー！　みんな集まってー！！」
　まゆ先生の声に、悔しげな声が上がる。
　紅白試合は結局、０対０の引き分けに終わった。

「お疲れ様です。相原先生」
　体育委員と残った有志が用具の片づけをしていると、八神 修がやってきた。
「あら、どうしたの？」
　カラーコーンを抱えてきょとんとするまゆ先生に苦笑して八神がカラーコーンに手を伸ばす。
「持ちますよ……その、先日はありがとうございました」
　ひょいっとカラーコーンを取り上げて、ぺこりと頭を下げる。
「先日？」
　こてん、と首をかしげるまゆ先生。
「早朝ランニングに参加した時、許可を下さり、自分のペースで、とアドバイスを頂けて、助かりましたので」
「あら、わざわざ良いのよ？　当然の事だもの」
　具体的に礼を述べれば、まゆ先生が優しく微笑んだ。
「体力強化の成果を実感できて、嬉しかったんです」
「ふふっ、その後続いてる？」
「はい、まだまだですが……今日はサッカーだったんですか？」
「えぇ、皆白熱しちゃって」
　凄かったの、と笑うまゆ先生。八神は、楽しそうだったもんな、と教室から覗き見ていたグラウンドの様子を思い出した。
「ついでといっては難だけど、片付け手伝ってくれる？　みんなおなかすいたーって走っていっちゃって」
「ふふっ、構いませんよ」
　実は八神、餓えた獣の群れとすれ違っていた。何名か体育委員も混じっていた様なのは、きっと気のせいだろう。
　上着を脱いで鉄棒に引っ掛けると、まゆ先生から取り上げたカラーコーンの上に数個を重ねて運び出す。
「悪いわね」
「良いですよ、お礼の代わりみたいなものですから」
　まゆ先生と一緒に体育倉庫に向かう。
「ん、八神か」
　倉庫から出てきた楪が、意外そうに目を見張る。
「お疲れ様、楪。片づけを手伝っているんだ」
「そうか、カラーコーンはその辺りに置いてくれ」　
　一つ肯いた楪の指示に従ってカラーコーンをしまう。
「この後の授業に邪魔になるから、ゴールそのものも片付けるんだが……手伝ってもらえるか？」
「もちろん。そのつもりだ」
「ありがとう」
　快諾した八神に礼を言えば、珍しく、戸惑ったように口をつぐむ八神。
「？　どうした」
「いや、礼を言うつもりの相手に、先に言われてしまう、というのは妙な感じだな、と」
　首を傾げた楪に、まゆ先生が機転を利かせてその腕を叩く。
「きっと貴方にもお礼を言いたいのよ。早朝マラソンのことで」
　違う？　と水を向けられれば面映く、苦笑するしかない八神だ。
「その、先生や参加した皆にも言えることなんだが……楪には後木と一緒に気にかけてもらっていただろう？」
　面映さを隠すように目を伏せて、八神が続ける。
「嬉しかった。二人のおかげで、走っている間、一人じゃないと思えたよ。ありがとう」
「……完走できて良かったな。無理のない範囲で続けていけば、いずれもっとタイムも良くなるだろう」
「あぁ、努力する」
　あの八神がやると言ったのだ。必ず目標を達成するだろう。
「楽しみにしている」
　楪は笑うと体育倉庫を出た。
「さ、ちゃっちゃと片付けないと、お昼食べ損ねちゃうわよ」
　やり取りを微笑ましく見守っていたまゆ先生がぽんっ、と八神の背を叩く。
「はい、相原先生」
　素直にしたがって体育倉庫をでた八神はゴールへ向かう。
　わいわいとゴールを片付けて、合間には体育科のメンバーが八神にリフティングを教えていた。
「片足で延々やるのは……結構キツイな」
　真面目な顔で言っているが、その回数が延々とは表現できないことをここに報告しておこう。
「慣れればへいきだよー！　がんばれー」
「何事も鍛錬だ」
　佐々が応援し、ナイトが道場主のような厳つい助言をよこす。
「そうだな、練習してみるよ」
「おーい、練習も大事やけど、昼休み終わってまうでー！」
　服部の切羽詰った声に残りの用具を片付けて、二年体育科のサッカー授業は幕を閉じた。