君が教えてくれるすべてのこと｜リアクション

君が教えてくれるすべてのこと

　午前六時の十二分前、目覚まし不要で目が覚めた。
　今日は仕事じゃない。大学だってとうに冬休み。つまりは完全オフだった。
　春からずっと忙しく、今月も上旬中旬は亜光速ロケットもかくやのめまぐるしさだったものの、大晦日が近づくにつれようやく、分厚いビスケットに挟まれた薄塗りのカスタードクリームみたいな小閑を盗める身分になったわけだ。
　休みだし寝坊して――という発想も昨夜のうちにはないでもなかったが、いざ眠りに落ちてみるとこれこの通り。つちかってきた貧乏性、あるいはいよいよ『ザ・芸能人』体質が身についてきたかなと、佐和崎紗月は苦笑を浮かべる。
　いやこれって、今日も素敵な一日にしよう、って意欲のあらわれだよね。
　ポジティブに考え直そう。そもそも、まったく眠気も残っていないのだし。
　つるりとしたゼリーみたいに紗月はベッドから滑り降り、つま先立ちでキッチンまで歩んだ。
　お湯で手を洗いお櫃（ひつ）をのぞく。思った以上にご飯が残っていた。グラビアアイドルは夕食を摂（と）らないというのは都市伝説だ。しかしその量まで人並みとは言っていない。ふたりで一合でもなお余った。
　今朝は消化にいいものにしようと決め、冷蔵庫から大根としょうが、それに卵を取り出した。鍋で湯を沸かし塩昆布も棚からおろす。沸騰するまでのあいだに大根を切り皮をむき、とんとんと手早く小刻みにした。大根はレンジで下茹でするのが紗月流だ。水を張った耐熱皿に大根を入れ、ラップをかけてレンジにかける。なお耐熱皿には、ほんのひとつまみだけ生米を足している。これには意味があって、生米と一緒にチンすることで大根の仕上がりがぐっとやわかくなるのだ。本当は米のとぎ汁を加えるのがベストだが、ここは手抜きさせてもらうとしよう。
　そうこうする間に鍋の湯が沸くので粒状の鰹だしを目分量でたし、しめじが冷蔵庫に残っていたのを思い出したので大急ぎで追加する。つづいてレンジから上がった大根を投入、しめじに火が通ったのを確認して昨夜の冷やご飯、刻みしょうがを混ぜる。卵を割って溶き卵をつくりつつほんの少し待ち、鍋がぐつぐついい具合になったら溶き卵、昆布の順にまぜて火を止める。あとは冷凍してある刻みネギをまぶせばお腹にやさしいごちそうの完成である。
　そろそろ起こしに行こうかな、と思った矢先に紗月の背後から、薄曇り気味の「おはよ～」が聞こえた。
　初瀬川理緒は寝間着代わりのロンＴをだらしなく着崩れさせ、左側面が妙にふくらんだぼわぼわの髪型もそのままにダイニングテーブルに着いた。のそのそとした歩みも含めて冬眠から覚めたクマのようだ。
「おはよう理緒ちゃん、早いね」
「オフだからってダラダラしてられないしね」大あくびしてから理緒はふふふと笑う。「なんかいい匂い」
「ちょうどできたところだよ」
　テーブル中央に鍋敷きを置き、その上に紗月は小鍋を乗せた。おたまと取り皿、ふたり分のレンゲも添える。
「おじやじゃなーい」理緒の目がぱっと光をおびた。「うわー、おいしそー！」
「このごろ重たいもの続きじゃない？　だから今朝は胃に優しいものをと思って」
「その気持ちだけでもうれしいよ～」