うお!? と声が出そうになった。
白 真白は目をこすりたくなる。
もちろん受験勉強、忙しいけど。
でも幻覚を見るほど追いつめられてないよね? 私!?
いよいよ年末正念場、泣いても笑っても受験当日は間近の日々ではあるが、真白はずっと長距離ランナーの気持ちでコツコツ勉強を積み上げてきており、この時点でもスパートだとか追い込みだとか最終コーナー猛加速だとかいうのはない。むしろそういうのは苦手なほうだから、根を詰めすぎて心に変調をきたしたりはしないのだ。まったく。
好きなものを全部封印して我慢をエネルギーにエクスチェンジしたりもしない。もちろんそういうやり方が向いている人もいるだろうが、はっきり自分には不向きだとわかっている。
ゆえに短時間に絞ってはいるが、寝子島名物ボードゲームにプラモの殿堂『クラン=G』に、本日も真白は顔を出したわけだ。
そしてたまげたわけだ。ツインテールの髪型が、ひょんと逆立ちそうなこの衝撃!
なんで桐島先生が――!
寝子島高校三年四組担任、数学教師の
桐島 義弘が店内にいるのだ。びしっと着こなすスーツ姿、細フレームの眼鏡に肩幅の広い長身、鋭い眼光に意志の強そうな眉、どう見ても彼ではないか。超真面目人間の彼とホビーショップ、ちょっとありえない組み合わせだ。
先生と『クラン=G』、どんな共通点があるかな。
真白は考える。おっぱいマウスパッドをひそかに愛用しているという噂こそあれ、基本は超がつくほどの堅物にして理系人間の彼だ。半分以上運任せのカードゲームでもド真剣に戦略を練ったり、プラモのバリを十分の一ミリ単位で丁寧に取り除いたり、TRPGのマスタースクリーンの裏で賽子(さいころ)をロールして判定を暗算で即座に出したりする桐島の姿など、まるで想像すらでき……る気がしてきた。
あんがい桐島先生ってこの店向きかもね。ウォーゲームとか得意そうだし。
だとしたらゲームは何が好きなのかなー。夜な夜な『TOS』(※トレーディングカードゲーム)のデッキ組んでたり?
桐島は熱心にボードゲームの棚を眺めている。眼鏡にかなうゲームを探しているのか。
しかし「先生」と声をかけた真白はふたたび、戸惑いのダンジョンに投げこまれることになった。
「センセイ? 私はあなたを知りませんが?」
桐島は眼鏡の位置を直しつつ言ったのである。
とぼけているわけではなさそうだ。桐島はこれ以上ないほどの真顔である。『センセイ』のアクセントに妙な違和感もある。
他人のそら似? 双子の弟? それともひょっとして記憶喪失……?
「おー、白さんじゃないかー。どーん!」
飄然たる口調とともに、蓬髪にヒゲというオランウータンみたいな人がひょろりと飛び出してきた。『どーん!』のところでは意味不明のポーズ付きである。まさに奇人、ただし多芸多才な奇人というほかない。これなるは『クラン=G』の店長、
三佐倉 杏平その人だった。緑のエプロンも巻いている。
事情を一通り聞き、なるほどなーと杏平はうなずいた。
「ふーむふむ彼が寝子高の先生に瓜二つだと。まあ、世界には自分と似た人間が三人はいるっつーからなー」
だとすれば、いちいち口に出して「ふーむふむ」などとつぶやく中年男性があと二人はいるということか。「ところで」と杏平は言う。
「彼は、寝子高の先生じゃなくて、アメリカのゲーム会社から出張してきたナントカカントカマネージャーって肩書きの
リチャード・ヤン氏だ。なかなか千絵(
三佐倉 千絵)が売却にイエスともノーとも返事せんもんで、業を煮やして説得に来たっちゅーわけだねえ」
言われてみれば義弘とよく似ているものの少しだけ背が高いように思う。スーツも高級ブランド風だった。
「ナントカカントカマネージャーのヤンです。nice to meet you」
にこりともせずにヤンは真白に言うので、全然冗談っぽく聞こえないのであった。桐島そっくりの顔なのだからなおさらだ。
「ミズ三佐倉(千絵)の所在を知りませんか? 私は彼女にお願いに来たのです。『クラン=G』の売却を」
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病室にかかったネームプレートには、『
八幡 かなえ』という名前が書かれている。別名
九鬼姫の部屋だ。
「入りますよ」
浮かぬ顔をして
アーナンド・ハイイドがドアをくぐる。
えっ、と言ったままアーナンドは立ち尽くした。文字通りの絶句だ。
「ちょ、ちょっと店長!?」
彼につづこうとした
三木 桜咲香(沙央莉)は、アーナンドの広い背に鼻先をぶつけてしまった。ツーンと痛い鼻を押さえつつ言う。
「急に立ち止まらな……」
「いません」
「どういうこと?」
「九鬼姫ちゃん、いません。いなくなってる」
「ええ!?」
桜咲香はアーナンドを押しのけて病室に入る。
ベッドはもぬけの空だった。シーツをめくった跡がある。サンダルが消えていた。
「あの子ずっと意識不明だったはずよ。それが、目覚めた!?」
わずかに喜色を見せた桜咲香だが、たちまち親指の爪を噛んだ。
「でも、どこへ行ったってのよ」
「トイレとかだったら、いいんですけどねえ」
きっとそうですよとアーナンドは弱々しく笑った。
きっとそう、ではなかった。
この日、九鬼姫こと八幡かなえは病院から姿を消したのである。
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またいらっしゃってますね。
クリス・高松は気がついた。
大型玩具店『ハローニャック』、ウイークデーとはいえもう学校は冬休みに入っているからなかなかの賑わいだ。
クリスはアルバイト従業員、来春からの社員昇格の声もかかっており、まだイエスともノーとも返事はしていないものの忙しいことはまちがいない。クリスは現在、私的な悩みをかかえており、それは生死にかかわるほどのものなのだったりもするのだが、悩むよりも勤めに精を出し、紛らわせることを選んでいた。
なるようになる。
なるようにならなくたって、それでいい。
一日一日を大切にしよう。
そうクリスは心に決めていたから、思い詰めたような顔をしている彼女のことがどうしても気になるのだった。
野々 ののこは今日もハローニャックを訪れ、売り場には目もくれずメリーゴーランドに乗っていた。たった一人で。
メリーゴーランドの設置場所は大型の店内中央、遊園地のそれと遜色ない大きさである。きらびやかな装飾のほどこされた乗り物だ。ハローニャック名物として知られている。
クリスは彼女に見覚えがあった。前にボーイフレンドらしき高校生と一緒に来ていた。あのときもメリーゴーランドに乗っていたものだ。もっと前にも見覚えがあるような気がするが、それがどこでどんな状況だったのかは思い出せない。
声、おかけしたほうがいいのでしょうか――。
しかし自分が声をかけてどうなるのかと思い、クリスはいつもためらっている。そして結局、ののこを見送るだけだった。
ここのところ連日、ののこはハローニャックを訪れていた。そしてメリーゴーランドにしばらく乗って帰るのだった。
ののこは今日も、白馬にまたがってバー(支え棒)を両手で握った。
滑るようにメリーゴーランドが動き出す。白馬がゆっくりと上下する。
白馬に併走するのは黒い馬だ。白馬同様、もちろん作り物である。おすまし顔の白馬に比べると、なにやらニヤニヤ楽しげな表情をしている。
五十嵐 尚輝の頭から小鳥がひょっこりと顔を出した。チチチチと小さな声で鳴く。
「おじさん、小鳥の声が」
彼の姪
五十嵐 ともかが告げたが、尚輝は「小鳥?」ときょとんとするばかりだ。
「オモチャの音でしょう」
「いえ、おじさんの髪から聞こえたような……?」
ところでこの叔父と姪は、親子かと言いたくなるくらい髪型がそっくりなのである。
手をつないでハローニャックを歩いているのは、ともかたっての願いによるものだった。
「これって」
急に真横から声がしたので、ののこは驚きのあまり落馬しそうになった。
ニヤニヤ顔の黒馬、その背に忽然と、見知らぬ姿があったから。
さっきまで隣は無人だったはずだ。
「どこにも行かない乗り物なんだよね? ぐるぐる回るだけで。なんで乗るの?」
白いワンピース、エメラルドグリーンの長い髪をした少女である。うっすらとだがレモンのような香がする。少女はメリーゴーランドの黒馬にまたがっていた。問題は彼女が、前後逆に乗り上半身を弓なりにそらせているところだろうか。
「ねえ、なんで?」
風の精 晴月は、不思議そうな顔をしてののこを見ている。
マスターの桂木京介です。
毎回ガイドが長くて申し訳ないです……。お読みいただきありがとうございました。
白 真白さん、ガイドに登場いただきありがとうございます!
ご参加いただける際は、ガイドの内容にかかわらず、自由にアクションをおかけください。
概要
舞台は年末、学校はもう冬休みに入っています。ただし大晦日にはかかりません。
タイトルから想定できる内容で自由にアクションをお寄せください。ここでいう『君』とは特定の誰かでも、特に指定しない存在であっても自由です。タイトルはあくまでヒントなので、ご自身の思ったことを自由に書いてくださればそれでいいのです。
もちろん、シナリオガイドのストーリーにはまったく絡む必要はありません。
NPCについて
申し訳ありませんが、今回は登場可能NPCに限りがあります。
以下のNPCのみ登場可能です。
・本作のシナリオガイドに名前が出ているNPC。(もちろん桐島 義弘も登場可能です)
・『クラン=G』(『ザ・グレート・タージ・マハル』含む)、『プロムナード』、『ねこのしま』の関係者。(いずれも店名です。知らない方は特に気にしないでください。すべて未登録NPCを含みます)
・Xキャラについては参加制限はありません。全員登場可能です。
以下のNPCには明確な行動指針があります。
・九鬼姫こと八幡 かなえ;病院着姿でふらふらと九夜山に向かっています。
・風の精 晴月:大型玩具店『ハローニャック』内メリーゴーランドの秘密が気になるようです。
・三佐倉 千絵:彼女もハローニャックのボードゲーム売り場に来ています。
・五十嵐 尚輝と五十嵐 ともか:ハローニャックに来ています。
・リチャード(リック)・ヤン:台湾系アメリカ人。米国のゲーム会社から送り込まれてきた交渉役です。ゲームはビジネスとしか思っていないので全然遊んだことがありません。『クラン=G』を売るよう千絵を説得するために来ました。買収話の経緯についてはこちら(後半部分)をご覧ください。
参照シナリオについて
参照シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします。2シナリオ以内でお願いします。できれば自PCとどういう関係なのか(敵か味方かカーボウイなのか等)も併記いただけると幸いです。
私は記憶力に問題があるので、たとえ自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないと内容を思い出せないのでご注意ください(情けない話ですが本当です)。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!