【大晦日】猫の島がわんわんわん！｜リアクション

【大晦日】猫の島がわんわんわん！

垂れ耳森の奥の妖怪フジコ

　奇妙に揺らめく水面に飛び込む。
　苦しくはない。濃い霧の中を落ちていくようだ。やがて霧が晴れ、雪に埋もれた夜の森がぐんぐん近づく。
　森の木々に引っかかるようにして、大量の雪煙を巻き上げて落ちて――。
「わわわわーーーん！　おっこちるわん！」
「きゃああーーっ」
「あたたたっ！」
　どすんっ、どすんっ、解決部隊垂れ耳森班の面々は、森に積もる雪の上に次々に落ちた。
「ひどい目に遭いましたね。みなさん、無事ですか？」
　年長者のシオが、頭数を数える。大丈夫。全員いるようだ。
「よかったです。大南天の木はどっちへ行けば……」
「それならオレが」
　鳥に変身できるラッセルは、そう言いながら首から下げた金の鍵を掴もうとして。
「……あ。鍵握れない」
　金の鍵は、ラッセルがろっこんを発動させるためのキーなのだが犬の肉球じゃうまく掴めない。
「空から探せたら時短になると思ったけど……仕方ねえ、大人しく鼻を使って探すか」
　完全に犬化している想花とねこねこ記者、狛犬になった二右衛門も頷く。
「二右衛門さ～ん！　匂いや特徴あったら教えてくれ」
「大南天の実は、わずかに火薬のような匂いがするでござる」
「火薬だな、わかった！」
　鼻をくんくんさせてみれば、森の奥の方へ続く匂いの筋が感じられた気がした。
　顔をあげると、想花とねこねこ記者も同じ匂いをかぎ取っているようだ。
「あっちだ！」
　ラッセルは駆けだした。
　シベリアン・ハスキーの身体は、想花たちより大きいので、走るスピードはけた違いだ。
「はえ～～！！　空を飛ぶのもいいけど、風を切って地上を駆けるのもテンションあがるな！」
　低い視点のせいで、体感速度はかなりのものだ。
　匂いの筋は前方へと続いている。
　木々を縫ってぐんぐん駆けてゆくと、唐突に目の前が開けた。
　見上げんばかりの巨大な樹が生えている。枝には丸く赤い実がなっている。
「これが大南天の木……？」
「うわわっ！」
「わわわわん！？」
　ラッセルを追って走って来た想花とねこねこ記者が急ブレーキをかける。
　大南天の木の前でくねっとする筋肉質な肢体――まさかあいつが大南天の木を護っているというのか。
「よりによってフジコ先生！？」
　想花は目を凝らす。フジコ先生本人とは微妙に違うようだ。
　青白い肌。胡乱気に睨みつける眼差しは赤く爛々としている。が、それ以外はフジコ先生にそっくりだ。
「――のような妖怪？」
　頭が痛くなってきた。想花にとって、フジコ先生といえば、夏休みの犬小屋補習でひどい目に遭ったという魔の記憶である――幸い今度の期末は補習を受けないように頑張った結果、どうにかスレスレの成績ながら回避できたが――あの時のトラウマが蘇る！
（ぼくにいったいどんな恨みがあるんだよ！　ぼくがどんな悪さをしたっていうのさ！）
　吠えたい。だが、身体が動かない。
　ゆらり、と妖怪フジコが妖気を放ちはじめた。

「あんたたち、まさか大南天の実を盗みに来たんじゃあないでしょうね。
　このあたしがいる限り、そうはさせないわよォッ！」

　――お手！

　妖怪フジコの命令が稲妻のように響き渡る。
　やばい、と察したラッセルと想花は素早く逃げる。
「お、お、おおお手わん！」
　逃げ遅れたねこねこ記者が屈した。
　ねこねこ記者は、妖怪フジコの手に犬になった肉球を乗せてしまっている。
「ねこねこ記者！」
　逃げかけた想花が踵を返してねこねこ記者を助けに走る。
（なぜ？　わからないよそんなこと。身体が勝手にそうしていたんだ！）
　畳みかけるように発せられる命令。

　――お座り！

　お手中のねこねこ記者だけでなく、想花までもがお座りをする。
「だめだ！　命令に逆らえない！　意志に反して体が勝手に反応しちゃう！」
　これが妖怪フジコの必殺技。犬になった者は、妖怪フジコの命令に屈服してしまうのだ！
「ふふん、いい景色よ」
　そういって首輪を取り出した妖怪フジコは、最後の命令を発する。

　――首輪よ！

　妖怪フジコは無抵抗のねこねこ記者の首に首輪を嵌め、さらに想花の首にも手を伸ばしてきた。
「いやだっ、やめて、……ああっ！」
　何とか首輪を回避しようとするが、どうしても身体が動かない。
　エナメル材質の黒光りする首輪が、想花の首に嵌められる。
　妖怪フジコが離れると、ねこねこ記者と想花は、味方に向かってキャンキャンと吠え始めた。
「んっふふふふぅ。これでもう、この子たちはあたしの命令を聞く、あたしの犬よ！」

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【大晦日】猫の島がわんわんわん！

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