【大晦日】猫の島がわんわんわん！｜リアクション

【大晦日】猫の島がわんわんわん！

「なんで……犬なの？」

　ちょこちょこと。
　真っ白い毛並みのマルチーズが、人々の足の間を縫って本殿の方へと歩いている。
「なんで……犬なの？　……ああ、来年の干支は戌年だから？」
　マルチーズ――こと、青山絢はつぶらな瞳で天を仰がずにはいられなかった。鳥居を潜り抜けた途端にいきなり視線が低くなって、しかも四つん這いになっていた。手足を見るとふさふさの白い毛並みと肉球があって、――犬になっちゃっていたのだ。
「どうなっちゃってるの？　また神魂の仕業？」
　おそらくそうなんだろう。
「まいったな……でも寝子島の住人っていつも思うけど、順応性高いよね。犬になっても平気で楽しんでるし」
　なんだか、ののこっぽい犬が、犬耳のふつうっぽい男子とボール遊びをしてたりするし。
　ほかにも先生っぽい犬や犬耳な先生が、呑気に屋台でモツ煮を食べていたりしているし。
　こんな姿、真優理さんが見たら──と同居する一回り年上の従姉妹のことを思い出す。
（真優理さんだったら『絢ちゃんがマルチーズ？　とってもかわいらしい！』とか言いながら、私のことを抱きしめそう）
　うん。この想像はとっても真優理さんらしい。
　そう思って絢はくすっと笑ってしまう。

　その真優理さんはというと、ホテル業なので年末年始は大層忙しく、大晦日である今日も、元旦である明日も二日連続で出勤だ。ハロウィン、クリスマスと代休で休みが取れたから、年末年始も……なんてすこし期待していたのだが、有能なコンシェルジュである彼女が繁忙期に何度も休めるほど、ホテル業界は甘くはないということか。
「それはそうよね」
　同居しているから真優理の事情は理解している。
　少し寂しくはあるけれど、ひとりで過ごせないわけでもない。
　ひとりで寝子島神社へお参りに来て、犬になっちゃったからといって、慌てたって仕方ないのだ。
　そんなわけで、絢はちょこちょこと人波を抜け本殿へお参りすることにした。
「お賽銭……は、この体格だと投げられないから割愛させてもらって。鈴……も鳴らせないから割愛。二礼、はできるけど……二拍手、は出来ないからこれも割愛、と。きっと神さまだって事情を察してくれるわよね」
　マルチーズな絢は、可愛らしく頭を二度下げて、終わろうとしている一年についてお礼を言おうと思い返す。
（今年もいろんなことがあったな。特に後半は……）
　真優理さんと恋人になった。クリスマスの夜に改めて自分から告白して……改めて結ばれ直した。あの夜のことは多分一生忘れない。
（まさかこんなことになるなんて思わなかったけど……後悔はしてない）
　従姉妹同士だとか、女同士だとか、そう言ったことはもしかしたら今後、なにかの障害になるのかもしれない。けれど今のこの気持ちに嘘はないと、神さまに誓える。

（私たちのことを、一年間見守っていただきありがとうございます。
　年が明けたら受験です。頑張りますので、合格できますように……）

　参拝の帰り足でいつも通りおみくじを引くと『吉』。大吉ほどではないが、まあまあのようだ。
「受験、それなりにうまく行きそうかな」
　おみくじを枝に結び付けると、絢はお土産に二人分のお守りを買った。
　ひとつは自分用に『合格祈願』。
　もう一つは『仕事成就』――こちらは真優理さんに渡すことにしよう。
　これでひとしきり、参拝でやるべきことはやった。
　温かいもので体を温めようと、絢は屋台のほうへと足を向ける。
　モツ煮のいいにおいがする。

「真優理さん、今頃お仕事頑張ってるかな……」

　屋台へと向かい温かいモツ煮を買い求める絢。
　はふはふとモツを口に運んでいると、なにやら相談事をしている人（と犬）たちがいるのを見かけた。
（何かあったのね。まるでトラブル対応中の真優理さんみたいな顔してるわ）
　それは、この犬騒動を何とかしようと集まっている者たちだった――。